カニ組長

便利屋斎藤さん、異世界に行くのカニ組長のレビュー・感想・評価

3.6
 異世界を舞台にした短編集的なコメディ作品かと思ったら、縦軸が激重い異世界群像劇だった。
 この作品、前半と後半で作風が本当にガラリと変わる。
 前半はギャグや下ネタを挟みつつも何処か寓話的な主人公パーティのエピソードと癖つよなサイドキャラクター達の小話を織り交ぜたオムニバス形式のコメディ。
 そして、後半は残酷な現実を前にそれでも足掻く生き物達の性と事情を知らないが故の悲しき対立を描いた生命賛歌。
 とにかく縦軸に関わるキャラクターの過去は敵味方問わずめちゃくちゃ重たく、主人公達とガチ目な殺し合いをしていても同情せずにはいられない。基本ギャグベースなのに、縦軸はドシリアスで切ない決着が多く、良い意味で情緒がぐちゃぐちゃになる。
 最初はギャグ要員としか思っていなかった主人公のパーティメンバーも過去や事情が明かされると途端に深みと愛着が増す。
 特にボケ老人の魔法使い・モーロックに至っては後半は完全に主人公の斉藤さんを食って主人公ムーブしている。……というか実質モーロックが主人公の話だろこれ……。というぐらいにはギャグのオチとしても重要人物の立ち回りとしても完璧だった。
 一方の主人公斎藤は、歴代異世界転生系主人公の中でもトップの地味属性。今どき珍しく、チート能力も持っていなければ、ステータス画面もアイテムボックスも付与されていない、本当に普通の便利屋で、恐らく舞台となる異世界では最弱の存在。
 でも、この主人公はこれで良い。元の世界では替えの効く社会の歯車扱いだった主人公が、同じステータスのままでも、異世界では必要とされているということ自体が心に沁みるし、斎藤さんなりにパーティのお荷物にはなるまいと地道な努力を重ねている姿はチート持ちの主人公よりも遥かに好感が持てる。実直な彼だからこそ、彼の元に人が集まるのも、ヒロインが惚れるのも納得の采配、素晴らしい。
 そしてこの作品で何より素晴らしかったのが、異世界の設定を安易にRPGゲームっぽくしなかったこと。大抵の異世界物ではもはやお馴染みのステータス画面やアイテムボックスを登場させなかったからこそ、リアルな説得力とキャラクター達の生活感、並びにひとつ間違えれば死がすぐ隣りにあるというハードな環境という世界観を上手く描写出来ていたのでは無いかと思う。
 ただ1つ懸念点があるとすれば、ベースが短編コメディ集であることは重々承知だが、長編のシリアスパートでも容赦なく短編の切り方で過去回想入れたりするのは如何なものか。テンポが崩れるし、涙も引っ込むのでやめて欲しかった。それ以外は満足。最終回のダンスも最高だった。
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