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生きるとか死ぬとか父親とかのmaoのレビュー・感想・評価

生きるとか死ぬとか父親とか(2021年製作のドラマ)
4.8
独身ミドルのラジオパーソナリティである蒲原トキコは20年前に最愛の母を亡くし、それからは自由奔放な父に翻弄されながら忙しく暮らしている。ひょんなことから父についてエッセイに書くことになったトキコは、父の過去や母が隠していた本音、若き日の自分の痛みと向き合っていく。


原作者はトキコのモデルである、コラムニストで「ジェーン・スー 生活は踊る」パーソナリティのジェーン・スー。「父のことを書かなければ一生後悔する」という思いで原作となるエッセイを書き出したそう。


放送当時リアタイしていたのだけど、ネトフリに上がってきたので数年ぶりに視聴。


このドラマは、決して仕事でクタクタになって帰ってきたあとにお酒でも引っかけながらリラックスした状態で観る、というような甘っちょろい作品ではない。

番組へ届く切実なお悩み、それに真摯に向き合うトキコとアナウンサーの東の想い、その声にそっと耳を傾けるリスナーたちの姿。それだけでほろりと泣けてくるものがあった。

まるで心を引き裂かれるような、だけどその奥にある本音を引っ張り出してぎゅっと抱きしめてくれるような。

誰かの悩みや迷い、甘えをばっさりと断ち切る作業というのは、自分も傷つくものだと思う。踏み入り、傷つけたことを胸の底で謝りながら、それでもその人の幸せを祈りながら。トキコはそういう人だと思う。

勝手に決めてきた引越し先の家賃を援助したり、ドリンクバーを駆使してせっせとロイヤルミルクティーを淹れてやったり、やたらと父に甘い一方で、じつは父に対する深い怒りを何十年も飲み下せずにいるトキコの姿は、一定数の視聴者をイライラさせただろう。

けれど、わたしにはトキコのその矛盾した心が、愛憎に戸惑う苦しみが、すこし分かる気がするのだ。

1話で父は「ママ、怒る時はめちゃくちゃ怒るけど、あと引かないの。そこがいいとこだったよな」と笑って話したけれど、ほんとうの母は決してそんなさっぱりとした性格ではなかったことが、終盤で分かってくる。トキコの言う通り、父は、そして父と母の過去を追う前はトキコでさえもが、母のことを神格化していたのだった。

母の好きな白いカラー。

すっとしなやかに伸びた茎に、上品な苞が特徴の美しいお花で、わたしも大好きだ。だけど、どこか儚げでさみしさをたたえたお花でもある気がする。いつも笑顔で、夫と娘を愛してやまない母の隠した翳りがそこに見えた気がした。

トキコの20代を演じた松岡茉優、さすがとしか言えない。暗い瞳にさっと憎悪の炎が燃え盛るシーンは思わず冷や汗をかいたほど。

アナウンサーの東役には、元アナウンサーの田中みな実。ちょうどいい相槌と上手なフォローでトキコを支え続け、誰よりも彼女の言葉を聞いてきたはずの東でさえ、自分の価値を見失い、人生に迷う瞬間が訪れる。「でも、そうなんです」とトキコに叫んだのは、東だったのか、田中みな実だったのか。


最後に、オープニングは高橋優の「ever since」、エンディングはヒグチアイの「縁」、どちらもほんとうに素晴らしくて、全話ちゃんと聴いた。

特に「ever since」。

最終話では吉田羊が大雨の中独唱してわたしを泣かせたが、その後もトキコの「トッキーとひととき」で高橋優本人の音源が流れ、リスナーが泣きながらラーメンをすするシーンでまたもらい泣きしてしまった。

この曲のMVには、高橋優が実際にジェーン・スーのラジオに出演した際の映像と、彼が地元・秋田に帰郷した際の映像が使われているのだけど、それがまた非常に泣ける。

https://youtu.be/5OndZQZoAZ8?si=umP5jgXQ6a8T1khf


わたしの父も自営業とか不倫とか入院とかしていたが、トキコの父と違うのは、別にあの男はわたしが愛するに値しないということだ。このあいだ10年くらいぶりに声を聴いて、心は変わらず冷え切りながらもちょっと泣きそうになったのは気のせいである。

わたしがこのドラマを観て、そしてこの曲を聴いて心を揺らすのは、母を想ってのことだ。


「あなたの背中が少し小さく見えた
強い人じゃなくて 強がりが上手な人」

「色んな人に出会うたび鏡のようさ
ぼくのなにもかもがあなたを写している」
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