狩野義弘

量産型リコ-プラモ女子の人生組み立て記-の狩野義弘のレビュー・感想・評価

4.5
量産型視点のハッピーエンドなのが
とってもいいんだよね〜
3部解散はともかく、大石さんにフラれてバットエンドってことじゃないと思うんすよ!わかりますかね?

作品タイトルにある「量産型」を、作中台詞から、キャラクター配置、ストーリー構成、ギミック、配役、時代性にまで、きちんと盛りこんで制作されており、スタッフの方々はホント素晴らしい仕事をされたと思います。
1話の「いつのまに量産型の人間なっているんだよ」の浅井に「私、量産型の小向リコと申します」の応酬から
9話の「私がザクなら貴方はジムだと思った」のリコに「今はジムでも、俺はガンダムになりたい」と宣言! これに被せて「私は量産型でいいと思った」のリコの素直な言葉
「量産型」に対する語り口、このやりとりに震えました。
量産型に対する私が思う、一般的な認識、捉え方は先に書いた9話の感想の通りと思っているわけですが、主役が乃木坂のメンバーという事で、時代が求めた量産型アイドルの最先端なんですよね。世代的に興味は持っていませんでしたが、「お耳」からの流れとはいえ、彼女たちに
「よくよく見りゃ違う予感〜♫ からの ご存じなーい♪」状態だったことを残念に思わせる存在感にすっかり魅了され、(あたりまえですが)個々人それぞれ個性的(カスタム施されている)で、今の時代の人々の立ち振る舞いなのかも!と思いました。
また「プラモデル」をテーマにしているのは関係者の意向ではあるものの、プラモデルが「組み立てが必要な量産品」だということを捉え、組み立て工程そのものを、ドラマの起承転結に綺麗に組み込んだ、構成、撮影、編集の手腕!と共に、あらためて「量産型」という切り口が鮮烈だ感じました。
そして「プラモデルのガンダム」だからこそ、その「ガンダム」もまた「量産型」なのだというこのドラマならではの構造が秀逸‼︎
これがあるから、「私は量産型でいいと思った」が決して悲観的な意味にならないし、最終回の告白がうまくいかなくて一見バッドエンド風にしつつ、量産型ガンダムとの展望を暗示する様で、むしろハッピーエンドに感じました。
「量産型」って切り口に関してはファーストガンダム以来、ガンダムシリーズでもやれていなかったことを表現してしまった、不思議なドラマだったと思います。

書くまでもないですが、「量産型リコ」もちろんとっても好きな作品です(笑)

以下以前に書いた感想も残します

最終話を前に更新
9話「機動戦士アサイ」
ドラマタイトルにある “量産型” の立ち位置がアニメ「機動戦士ガンダム」を通じて知った感情も伴った概念/認識を驚くほど的確に表現していてドラマの内容と相まって感動しました。
感動ゆえ最終回前に更新せねばと思うに至りました。最終回は全員野球の様相なので3部解散の危機に立ち向かう超王道の展開なので、そんな展開が大好物の自分にとっては面白い事確定。

2022年現在の「量産型」に対する一般的認識は、試作品より使い勝手が良く、遥かに高性能でコスパも良いという事だと思います。
(スマホとかで人類の多くが量産効果を体験しましたね)
しかし、自分が1980年頃に見た試作品プロトタイプは、圧倒的な力を持つ化け物の白い悪魔ガンダムだったりして、その対局にあるのが量産型って言うイメージが刷り込まれ、唯一無二の試作型がカッコいいと当時は思っていました。
そこから40年超、様々なロボ(派生機とか開発系譜!)や実際のプロダクト(便利な家電など)に触れ、量産型にも魅力を感じ、試作型も量産型もそれぞれ別の意味で同じくらいカッコイイと感じる現在に至っています。
リアリティだけじゃない量産型と試作型に対する思いをとてもエモーショナルに描いたのが本作9話だったと感じました。

矢島模型店主やっさん
バイトというよりアシスタントのちえみ
ザク姉こと小向リコ
逃げずに立ち向かうべきシンジ
ヤマトのおっさんモデラー 雉村さん
ウルトラ姐さん 中野さん
ジム兄浅井
ビッグストーンビクトリーマグナム大石さん
初代エースの猿渡さん
ミニ四レーサー犬塚部長

最終回、みんなで頑張ってもうまくいかない〜愛着に気づく展開がとっても良かったです。