キッチン革命の2の情報・感想・評価

エピソード02
第2夜
拍手:18回
あらすじ
1955(昭和30)年、日本住宅公団の設計課は、いつになくざわついていた。新たに公団住宅を作るにあたって、設計課長の本郷義彦(成田凌)が“お台所のマホ様”とよばれる浜崎マホ(伊藤沙莉)に設計チームのアドバイザーを依頼したためだ。マホは、日本初の女性一級建築士。海外育ちで日本の様式美を無視する曲者ともいわれていた。 初めの顔合わせで、マホはいきなり「一戸あたり13坪では狭すぎる」と公団の決定に異を唱え、従来の日本家屋で北側にあった台所を南側に置くことを提案。これまで寒い場所での苦しい作業だった“台所仕事”を快適なものにしたい、という理想からだった。 しかし、戦後日本のひっ迫した住宅事情から13坪という面積は覆らず、マホは“狭さに挑戦する”ことを決意。“妻・栄子(中村アン)のためにも素敵な台所を作りたい”という熱意を秘めた本郷とともに、理想の台所作りに向けて奔走する日々がはじまる。 狭い台所では動線の確保が困難で、料理がしづらい。そこでマホが思いついたのは、流し台の配列の変更だった。“動ける場所を広くする”のではなく、“動かないですむ”ようにする逆転の発想だった。さらに、じめじめして掃除が大変だった“ジントギ(人造石を成型して研ぎ出した素材)”の流し台を、汚れが落ちやすく、錆びないステンレスに変えることも提案。だが、国内でステンレスを生産している会社はなく、マホは住宅公団副総裁・鈴木仙吉(北村一輝)に、大型プレス機購入を直談判するが…!? そんな中、マホが考案した流し台の配列に反対する声が上がり、それをきっかけに綾子(薬師丸ひろ子)とマホが交錯する出来事が起きて…!?
コメント6件
naomi

naomi

このコメントはネタバレを含みます

戦後、香美綾子さんと浜崎マホさんとの出会いから始まる後半。 1956年頃、もう戦後では無いと言われ、高度成長期。 住宅不足を解消し、新しい台所を作ることに挑戦する建築家。 「男子厨房に入るべからず」などと言われていた時代、台所は北側の暗く寒い場所が当たり前だった、それをキッチンにする。 海外では、キッチンとダイニングが一体化していて、ステンレスを使用したキッチンがある。 目標は、13坪、四畳半、家族四人、ダイニングキッチン、南側で日当たりが良い、ステンレスを使用する。 とにかく狭いキッチン。 ステンレス加工の発注先を探すが見つからない。 流し台の配置を変えて、料理中の移動を減らすことが出来る。 ステンレス流し台の大量受注を請けてくれる会社が見つかる、プレス機の問題も解決して、ステンレス流し台第一号が完成する。 洗う→切る→煮る 従来の配置が優れているか、 切る←洗う→煮る 新しい配置が優れているか、 実験をすることに。 調理時間は同じ、歩数の差は-25歩。 公団住宅が建設され、住宅不足解消とともに、キッチン革命がなされ、現在に続くのだと思う。
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MK

MK

出来ない理由ではなく、出来る方法を考える。 公団の標準設計となるダイニングキッチンを発明した女性建築家にスポットを当てた作品。 津端修一さんがあんなことをしたかはさておき、サンウェーブさんの協力の元に衛生的なキッチンを作ったとこは賞賛に値すると思う。 年間二万戸の家づくり。 一億人の服作りという本があったけれど同じぐらいシビれた。 日本の戦後の黎明期は有能な人材に溢れていたのだな。
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おちゃ

おちゃ

沙莉ちゃんハマり役! 何度も 壁にぶつかっても どんどん前に進むカンジ 元気もらえた😇
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R

R

2023/3/29 テレビにて鑑賞
age58

age58

泣いちゃった。良かったよ。伊藤沙莉。
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sinimary

sinimary

3/26視聴