イトウモ

ワンダヴィジョンのイトウモのレビュー・感想・評価

ワンダヴィジョン(2021年製作のドラマ)
3.6
2020年2月にディズニーのCEOが、テーマパーク事業の統括者だったボブ・チャペックに変わった。前任者のロバート・アイガーは、日本でもビジネス書が出ていて、ディズニー作品にピクサー(ピクサーさえ元はルーカスフィルムの一部だった)だけでなく、マーベル、スターウォーズ、20世紀フォックス、シンプソンズまでを飲み込んだ豪腕経営者として知られ、2020年までにディズニーが配信プラットフォームの十分すぎるほど絢爛なラインナップを揃えるに至った。コロナ禍の拡大前まで、ディズニー社はテーマパークを主な収入源にするため、ネットフリックスやアマゾンプライムなどの競合他社よりも安価に配信サービスを提供でき、あくまでテーマパークの入場者数の呼び水として配信環境を整えてきたという記事を読んだことがある。

テーマパーク事業は創業者ウォルトディズニーの最終目標でもあった。彼が目指したのはただの遊園地ではなく、近未来的な実験都市の実戦だったことが、映画『トゥモローランド』の源泉にもなっている。ディズニーは創業当時から一貫してテーマパークによって、夢と魔法の実装を目論む企業だった。

オルセン姉妹の妹として知られるエリザベス・オルセンを主演に、「奥さまは魔女」から「フルハウス」、「ふたりはお年ごろ」なんかを彷彿とさせる1950〜2010年代のシットコムのパロディが描かれるのは微笑ましい。そしてその一連のパロディは巨大な「魔力」と悲しい過去を持つ一人の女性が作り出した妄想だったのだが、それが虚構から現実へという教訓話にならない展開に好感を持った。

日本が『鬼滅の刃』で、「楽しい夢から目覚めて、ただ一つの現実と戦え」と訴えているのと同時に作られたのがこれなのだ。完全に余談だが、少年ジャンプから生まれて成功した漫画は「バクマン」をのぞいてほとんど、劇中にフィクションを許容しない、「ただひとつの現実の冒険」ばかりを描いたように思う。

現実と向き合うメッセージを持ちつつ、そのメッセージ自体がフィクションであることの自己矛盾にきっと多くのポップカルチャーは向き合ってこなかった。2010年代を通じて多くのアニメーション作品やマーベル作品で、ポリコレのパズルというか、こうした自己矛盾の止揚を実践してきたディズニーはここで、「現実を生きよ」と「夢と魔法の王国」の矛盾をほどくための試みをここでもやっている。

これは何番煎じ目かの『トゥルーマン・ショー』だが、傷ついた人が夢を描くこと、それにすがること、すがることでまた別の誰かを傷つけることを否定しない。