蛸

ウォッチメンの蛸のレビュー・感想・評価

ウォッチメン(2019年製作のドラマ)
4.7
真正面から「現在のアメリカ」を描くことに挑んでいるという意味で、原作コミックの精神を忠実に受け継いでいる正統続編。つまり、原作の語り直しでありながら続編でもある作品。
時系列的にはコミックが終わった後のお話ではあるが、「WATCHMENを今の時代にもう一度やる」という決意が感じられる一作。

物語は、かつて人種間対立によって実際に暴動が起きたことのある街=オクラホマ州のタルサを舞台にして展開される。
現代において、警察と人種差別団体「騎兵隊」の対立によって生じる緊張の中で起きた一件の殺人事件が、シリーズ序盤の謎として物語の推進力となっている。

なかなかにスロースターターな作品で、物語は徐々に盛り上がっていく。
しかし6話あたりからは怒涛の展開。
それまでの淡々とした作劇によって張られていた伏線がエモーショナルなドラマとなって結実していく様は圧巻だった。


個人的には、劇中劇としてしばしば挿入される、ヒーローたちの活躍を描いたテレビドラマの中で明らかにザック・スナイダー的なスローモーション演出が使用されていたのが面白かった。
そもそも原作コミックにおいてはヒーローたちのアクションは決して「カッコいいもの」として描かれてはいない。そのようなヒーローたちの描き方は、ヒーローモノの脱構築という作品のテーマとも密接に結びついていたものだった。
その意味でスナイダーの映画版はヒーローたちの活躍を相対化する目線に欠けていたと言える。観客にカタルシスを与えるようなアクションシーンは『WATCHMEN』には相応しくないのだ。
そのことを踏まえると、劇中劇における上記のような「演出」は、原作と比べて映画版のアクションが如何に過剰だったかを思い起こさせる。この劇中劇が、作中でもデタラメだと評されていることがその証拠だ。
そして裏を返せばそれは、製作陣の「われわれのドラマシリーズこそがWATCHMENの精神を忠実に受け継いでいる」という宣言でもある。

ビジュアルばかり真似て本質的な部分で『WATCHMEN』を再現することが出来ていなかった映画版とは違って、本作は徹底的に原作の精神を受け継いでる。
ファンの尻を舐めるような、サービスや目配せに徹した凡百の続編とは別次元にある傑作だ。
『WATCHMEN』のファンが誰も予想出来なかった続編でありながら、紛れもなく『WATCHMEN』であるという矛盾。すなわち熱力学的奇跡。
蛸