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ここは今から倫理です。のblancoのネタバレレビュー・内容・結末

ここは今から倫理です。(2021年製作のドラマ)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

ミステリアスで風変わりな倫理教師、高柳(山田裕貴)が達観した視点で生徒に寄り添う物語。

毎話、現代社会のルールや価値観を考えさせられるし、説教じみていなくて心に響く高柳の言葉が刺さる。


30分ドラマであることを勿体無く感じるが、CMもなく集中力が途切れることなく見るにはちょうど良い時間なのかとも思う。そのおかげで毎話3回は見返しておさらいすることができている。
1時間ドラマにある見る時間を捻出するハードルが高くなく、人にも勧めやすい。
毎話1人もしくは2人の生徒にスポットが当たり、1話だけでも完結して見られる作品だと思う。

全8話とのことだけど、2話が終わってすでにこのクールが終わっても定期的に2シーズン目以降を制作して欲しい気持ち。


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#1
老子『善なる物は、吾これを善とし、不善なる物も、吾またこれを善とす。徳、善なればなり。』

マックス・シェーラー『愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である』


◼️男性を喜ばせなければと言う心理から性に奔放な女子生徒、逢沢いち子(茅島みずき)と、いじめられっこを救える“いい先生”になりたい男子生徒、谷口恭一(池田優斗)の話。



今の社会のルールでは傷ついた異性の生徒にはセクハラになるから背もさすってやれないのだと知って「生きづらいなぁ」と感じたが、それをも超えて対話で心に触れようとしてくれる先生がいてくれることの安心感を知れたいち子を羨ましく思った。


いじめを受けていた過去から、いじめられっ子を救う“いい先生”になりたいと言う谷口に高柳が発した
「あなたはいつか、いじめっこをいじめてしまうかもしれませんよ」
というセリフにはっとさせられた。


タバコ嫌いの小林先生に、きつく注意と嫌味を言われてもやめる気は起きないほどの喫煙者である高柳のタバコを吸い始めた理由が人間味に溢れてて、達観しているように見える高柳も人の子なのだと愛おしく感じた。
一瞬見せた笑顔も人間臭くて良い。

笑顔を見せて喫煙の理由を谷口に話した直後、表情は映らないカットだけど「ふふ、くだらないって表情(かお)してる」というセリフの声が、
「ふふ」
までは笑いを含んで聞こえるのに
「くだらないって表情してる」
の部分ではすでにいつもの感情の読めない表情に戻ってるんだろうなって思わせる平坦な声色をしてて、すごくときめいた。

すでに私は喫煙所で高柳先生とお話しできるならタバコを吸いたいと思ってる。


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#2
キルケゴール『不安は自由のめまいだ』


◼️いつも授業中に寝ている男子生徒、間幸喜(渡邉蒼)の話。



幸喜が授業でいつも起きていられない理由は深夜の夜遊び。
夜に街へ出て欲しくない高柳から携帯の番号を一方的に渡されて、イタズラでかければ二度と出ないと言われる。

渡された番号に掛けるつもりもなかった幸喜だが、つるんでいる友人にイタズラで高柳に電話をかけられてしまう。
翌日学校ですれ違った高柳を見て、「とても勿体無いことをした…ような気がする」と感じる。

頼りにもしていなかった高柳との貴重なつながりを断たれたことに後から気づいて、取り返しもつかない損をしたような気持ちになる幸喜のことを考えるともどかしくて、胸が苦しくなるけど好きなシーン。


悩んだ末、高柳に自分から電話をかけた幸喜に出かけずに映画を見るように勧める高柳が言った
「映画に縛られる2時間は、自由は無いが不安もない」
という言葉が、自分がドラマや映画を見たいと思う気持ちの一端が言語化されたみたいで、なんだか高柳に理解されてるみたいな気持ちになって泣きそうになった。


電話をした翌日、幸喜が学校で高柳とすれ違う場面。
すれ違う高柳からは声をかけず、幸喜から話しかけて高柳は表情を変えずに少しドライとも取れる対応をしたように感じたが、あの場面で高柳から「昨日はどうでしたか」などとでも話しかければ周りからすれば依怙贔屓に見える。
それに幸喜からの自主性も失われて過保護にもなる。

学園モノのドラマでは、翌日以前よりも仲良くなっている教師と生徒がセオリーかもしれないが、このドラマではそれがない。

その高柳の介入しすぎない距離感が本当に心地よい。
けれど、また明日映画の感想を話すと言った幸喜に向けた、ラストの微笑みは愛情に類するものからくるものであろうから、本当に高柳の徳の高さに頭が下がる思い。


特に2話は平坦であまり感情がつかめない高柳の声の中に幸喜に寄り添うように心配する気持ちや温かさを感じて、抑えられた山田さんの声の優しさに見ている側も救われる回だったように思う。


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#3

ソクラテス『真の自分は“魂”である』
『たえず自分を鏡に映し、美しければそれにふさわしい者になるように。醜ければ、教養によってその醜い姿を隠すように』
『魂を善くしなければ、人間はよく生きることはできない。』



◼️いつもおどおどしていて生徒にも強く出られない物理教師の松田(田村健太郎)。
その松田に思わせ振りな態度をとる深川時代(池田朱那)の2人の話。


松田は職員室で高柳が過去に生徒と噂になったことがあったという話を聞いて、高柳に教師と生徒の恋愛について相談を持ちかける。
そんな松田に高柳はそれは本当にその生徒を愛してしまったのかと問いかける。性的欲求の捌け口ではないのかと。


深川には2つ下のモデルをしている妹がおり、日本一可愛い女子高生ともてはやされていた。そのせいで深川は自分の容姿にコンプレックスを持っている。

そのコンプレックスからくるのか深川は大人の男を泣かせたいという理由で、わざとセクハラをされたと冤罪をふっかけて高柳を陥れようとした過去があった。
高柳は断固としてその事実を認めなかったため計画は失敗に終わったが2年がたった今、目標を松田へ変え再び教師を陥れようと画策していた。



毎日ボサボサの頭で白衣のタグが出ていることにも気づかないほど身だしなみに無頓着な松田が、高柳という鏡を通して自分の姿(魂)を見れたおかげで生徒である深川に手を出すことなく踏みとどまれた。
もし、鏡に心を映すことがなかったなら、松田は深川に手を出して彼女の罠にはまっていたのかもしれない。

誰もが高柳のように自分の心を映してくれる鏡のような存在に出会えれば良いのにと。そうして鏡に映った自身を受け止められる人間になりたいと思った。


劣等感の塊だった深川に松田が最後にかけた「君は美しい」という言葉のおかげで彼女の傷はもうこれ以上深くはならないのではないかと感じた。
誰か1人でも自分と妹を比較せずに、貶めていたことを知って尚、自分のことを美しいと言ってくれた人がいたという事実は彼女の中でとても大きいのではないだろうか。

でも、松田の言葉を否定するようにかぶさる美少女コンテストの結果は、それでも世間は妹の外見の美しさをもてはやし続けるのを表してるみたいで刺さる演出だった。


2年前のセクハラの冤罪をかけられた高柳の深川を見下ろす冷めた目が印象的でどうしようもなく惹かれた。愚かな人間を見下ろす神さまみたいな、自分が嵌められそうになっているのに怒っているとか慌てているとかの感情が一切滲んでいない瞳。
図書館での日の射し方と構図が美しかった。


喫煙所での高柳先生、ガラス越しに話しかける松田先生に腰をかがめてちゃんと聞こうとしてる感じがすごく可愛らしい。
あと、高柳の喫煙シーンの色気がやっぱり凄まじいですね。


高柳にとっての鏡になり得る人はどんな人なんだろうか。


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#4
カント『人間は気ままに生きると争う悪になる』


◼️突然学校に来なくなり、連絡が取れない近藤陸(川野快晴)と謎の男ジュダ(成河)と高柳の善悪の話。


陸は唯一の家族である兄のカイト(山科圭太)から友人のタバコを届けて向こうから渡されるものと”交換こ”をしてきて欲しいと頼まれる。兄からの頼みに陸は深く考えず了承し”交換こ”をするが、それはドラックの売買の一旦であった。
それに気付きながらも陸は兄やその友達たちとつるむようになり学校にもいかなくなっていた。

しかし、兄が一緒に売っていた商品と金を持って逃げたとチンピラ達から暴行を受ける。そこに現れた“ジュダ”というバーを営んでいる男に助けられるが軟禁されてしまう。
だが、どうやらジュダと繋がりのあった高柳が助けにやってくる。



何で殴り合いもしていないのにこんなにヒリヒリして目が離せないんだろう、というのがこの回の1番の感想。
この回はまるで舞台上の俳優同士の凄まじい演技を見ているような感覚だった。

善であろうとしている高柳と、倫理を理解した上で悪側にいるジュダ。同じレベルで語り合える知識を持ち得ながらも、違う道を歩んでいる2人が唯一交われる場所が善と悪の境目のあのバー。
ジュダが鍵をかけた入り口が正しい世界へと繋がる扉で、だから軋むような開閉音をつけて印象付けたかったのかと。


アルコールもわかりやすい善と悪の境目だった気がする。

「不思議だよ先生、そんなに善ぶるなんて」とジュダに差し出された酒を「私は彼の教師ですから」「教師として善の心で彼に接するしかありません」と言って、飲めるはずなのに受け取らなかった高柳。
偽善であるとわかりながらも悪を飼い殺して、正しく生きようとする高柳がジュダ(悪)の誘惑に抗っているようだった。
ジュダの酒を手に取り簡単に飲むことはできる。=高柳が悪へ転ぶきっかけは何処にでもある。という暗示にも見えた。
それを高柳自身わかっていて教師という枠にはまることで抑えているのかも。あえて教師であることを強調するのもそのせいなのかもな、と。
一歩が違えば高柳がジュダだったかもしれない。


酒を受け取らなかった高柳を見て涙ぐんで見えた陸は、"誰もが当たり前のように悪"であるのに、高柳がただただ深く考えず流された自分なんかのためにも悪(ジュダからの酒を飲むこと)を選択せず、考えた上で善であろうとする姿にに申し訳ないと感じたからなのかなと思ったり。


兄のカイトはヤバイことをやってる半グレけど、ブロッコリーは最強野菜だから食べろと陸の健康を気遣っている。悪い仲間を家に連れてくるけどそれも陸に寂しい思いをさせないためだったりするのかもと。
親がいない中で自分を守ってくれた優しい兄の存在は、たとえドラックの運び屋をさせられても善悪を考えるまでもなく、陸の世界の全てだったのだろうな。そんな高校生が客観的に見て兄を悪とすることなどできるはずもない。


ジュダ役の成河さんが本当に魅力的で、カスリマ性を感じるこんな人に悪を説かれたら傾倒してしまう。

ジュダは高柳が本当に好きなんだろうな。愛とかではない意味で。
できることならバーで論議を交わす夜が永遠に終わらなければいいのにと思うような恋しさで。
一匹狼で誰に媚びへつらうこともないジュダが生徒に手を出して高柳に嫌われることを気にかけて慌てるぐらいには、彼の中には高柳のために開けてある特等席があるのだろうな。

最後に「また来て欲しい」と居心地悪そうに高柳に声をかけたジュダ。
きっと彼は今まで本心からそんなこと言ったことないだろうに、高柳はそれに”はい”とも”いいえ”とも返さなかった。けれどその無言が答えのようで、戸を閉めた後息を吐くジュダは柄にもないことをした自分への呆れと、もう高柳はやって来ないということへの確信を得ているのかもしれない。
(ほんとのところはわからないけど、高柳はたまにでいいからあのバーに行ってあげて欲しい気持ちでいっぱい)


高柳はジュダを通して自分(魂)を見ているのかも。
3話を見て思った、高柳の鏡になれるのは誰なのだろうかという疑問はこの回で少しだけ解消された気がする。


今回は特に”考えることの大切さ”を思い知らされた。

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NHKでの放送だが、原作にある少し過激なシーンや教師(高柳)の喫煙を改変するのではなく、きちんと取り入れた脚本で好感が持てる。

高柳から感じる孤独は美しさを纏っている。
美しい孤独を纏える人間になりたい。
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