歌代

ONE PIECE FILM REDの歌代のレビュー・感想・評価

ONE PIECE FILM RED(2022年製作の映画)
3.5
「映画として」「ワンピース映画として」評価するとすごく歪な形をしてる作品だと思います。
しかし、小学生の頃から度々観てきた「少年ジャンプ作品劇場版」という文脈で観るとかなり気合の入った作品に思えて個人的に嬉しかったです。

▼3行くらいでまとめるつもりが、長くなってしまったので長文注意▼

ウタによって「ルフィとシャンクスの関係性のイメージが変わってしまった!」という声が上がっているというのを聞きました。
なるほど、確かにそうかもしれません。
しかし、ファンのイメージの揺れを覚悟した上でそこに踏み込み、ウタの物語を主軸に映画を広げて、結果ルフィのお話として風呂敷を畳んでいるところまで含めて「これこそ劇場版っていうものの意義、あるべき覚悟なのでは?」と思ったのです。

劇場版ワンピースでは原作者・尾田栄一郎が監修した作品がこれまで何度もありましたが、正直ずっとがっかりしてました。
原作のイースターエッグを忍ばせたり、原作の伏線を映画で入れたりするばかりだったからです。別にそれがあること自体はどうでも良いし、原作もあるから忙しいと思うんだけど…。
「監修って世界を広げるための監修じゃなくて、原作世界に留めるためだけの監修なのかよ」っていうのが正直ずっと感じてました。
でもファンが漫画の劇場版に求めるワクワクってそういうことなんでしょうか?
「推しをスクリーンで観るだけ」だったらわざわざオリジナルのお話をやる必要なんてない。
色んな意味で原作の世界を広げてくれる。
そんな作品こそが"劇場版"の意義なのではないかなって思ってます。

ワンピースに限らず、これまで少年ジャンプ原作の劇場版はファンがガッカリするものが多かったと思います。
映画そのもののクオリティとかももちろんあるけど、1番よくあった問題は「原作者と関係ないところで生まれた、劇場版オリジナルのストーリーが原作と乖離してしまっている」というもの。

しかしONE PIECEなら原作者が介入し続けているわけだし、その乖離をなくして原作をさらに広げたようなオリジナルストーリーを映画にすることができるんじゃないか?
少年ジャンプファンだった僕は密かにずっと期待していました。

そして今作はついに「原作世界から乖離せず、しかも原作世界をさらに広げたお話」をオリジナルキャラクターを主軸に置くことで今までよりもひとつ上のステージにもっていこうとしていました。
そこを評価したいのです。

個人的に「オリジナルストーリーだけど原作と遠くないな」と感じた1番のポイントはウタの行動原理でした。
あることをきっかけに島に閉じこもってた傷ついた少女・ウタが、自分の才能を配信する方法を見つけ、部屋と世界でつながる。
色んな違いはあれど、完全に現代のネット社会・配信文化のメタファーです。
大海賊時代に苦しめられてきた市井の人々の声を直接聞いたウタは「自らの才能を使ってみんなで幸せしかない世界を作れば良いんだ!」とある革命を実行しようとするのです。
この革命の根本にある問題は現実の、非常に身近なところにもある気がしました。
もっといえばこれからの新時代における革命が秘めた問題とも近いのでは?と思ったのです。

部屋で見つけた「人々の苦しみ」に心を痛めて「世界を変えなければ!」と立ち上がる。
しかし、その苦しみの実態を本人は肌で感じられてはいない。なんなら自分の個人的体験と他者の体験を混同してしまう。
表層的には同じ目的をしているように見えて、根本にあるものが全然違う。
そんな小さなコミュニティや人を僕は知ってる。

特に革命なんて全員頭が良くなるか、暴力の二択しかないわけで(人類史で前者が成功したことはないと思うけど)。
表層的にしか噛み合ってない集団が革命を起こそうとするとどんな不和が生まれるのか?
特に中盤まではその動きが面白かったです。

そして、色々あったけど結局ウタの歌によって救われた人たちは確かにいた。バラバラになった集団もそこは変わらない。
そのこと自体を作品は否定しない。
でもそれって祝福だけじゃなくてウタの悲哀も含まれてるよねっていう。

このバランス感覚ってメチャクチャワンピース的だと思うんですよね。
ワンピースって、キャラが涙&鼻水ダラダラでお涙頂戴!みたいな偏見を持つ人が多いけど実はメチャクチャ残酷でドライなことを突きつけることが多い作品。
特に原作、差別を取り扱った『魚人島編』でクーデターを起こそうとするホーディというキャラクターは、あまりに鋭いキャラで読んだ時にかなり驚きました。
具体的にいうと、ホーディは「実際に自分が差別を受けてきたわけではないが、"上の世代が差別を受けてきた体験"を聞いてきたことで人間に激しい恨みを持った」というキャラクターなのです。
ホーディは、魚人島が非暴力によって差別の歴史・負の連鎖を断ち切ろうと長年動き、ようやく良い方向に向かっている局面でクーデターを起こします。
「人間は悪いに決まってるから」とそれだけの理由で。
ホーディの行動原理が判明した時のセリフがめちゃくちゃ鋭いです。
「こいつらの恨みには「体験」と意思が欠如している!実体のない空っぽの敵なんだ!!」

ワンピースの根本のバランス感覚ってここにあると思ってます。
そしてワンピースの基本構造は『正義VS悪』の勧善懲悪ではありません。
どのお話も『正義VS悪』の構図にルフィ(自由)がやってきて『勝手』によって解決していくお話なのです。

ちょっとワンピース論が長くなってしまいましたが、それを踏まえると今作って
①ワンピースの基本をきっちり抑えながら
②ルフィと違うキャラクターを主軸にして
③ウタの幼馴染という設定を活かしていつもの基本構造に変化を生み
④しっかり最後は原作の世界に帰結する。

映画として『ONE PIECE』の可能性を広げようとした意欲作だなってやっぱり思うのです。

この感じが今作だけなのか、次作以降も続くのかわからないですが、、、
かつて少年ジャンプファンだった身からすると、是非これからに期待したいです。
歌代

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