SANKOU

ドライビング・バニーのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

ドライビング・バニー(2021年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

信号待ちのドライバーに声をかけ、持参したモップで窓を清掃し小金を稼ぐ人たち。
日本では見ることのない光景だ。
もっとも警察に見つかると取り締まりの対象になるようなのだが。
そんな彼らの中に、一際笑顔を振り撒くバニーという中年の女性がいた。
彼女は細やかな夢を叶えるためるために、コツコツと小さな努力を積み重ねて来た。
自分も生活が苦しいのに、自分と同じような境遇の人を見れば放っておけない心の暖かい人間で、正義感の強いバニー。
どうやら彼女には事情があって、自分の子供たちと会うことにも制限がついているらしい。
下の妹のシャノンは歩行器がないと歩けない身体で、バニーの顔を見た途端に満面の笑みを浮かべる。
兄のルーベンの方はもっと冷めた感じで彼女を迎えるが、その理由は後に彼が親子三人で暮らすことがほぼ不可能であると悟っているからだと分かる。
徐々にバニーが置かれている境遇が明らかになっていく。
彼女は夫殺しの罪で服役していたこと。彼女が夫を殺したのはシャノンを助けるためだったこと。
バニーは今は妹夫婦の家に居候しているが、自分の力で部屋を借りるか、家を手に入れなければ子供たちを引き取ることが出来ないこと。
そして許可なく子供たちと接触することも出来ないこと。
彼女の細やかな夢はシャノンの誕生日を一緒に祝うことだった。
しかし家庭支援局はそんな彼女の細やかな願いも条件が整うまでは受け入れることが出来ない。
彼女は妹の夫であるビーバンに、ガレージを親子三人で暮らすために貸して欲しいと頼み込む。
子守や家事などでバニーに助けられていたビーバンは、彼女の願いを快く引き受ける。
これで住む場所を確保出来たので、子供たちを引き取ることが出来る。
しかし彼女が喜んだのも束の間だった。
彼女はガレージでビーバンが義理の娘であるトーニャに猥褻行為をしている現場を目撃してしまう。
このまま黙っていれば彼女は子供たちと暮らせるはずだった。
しかしそれは彼女の正義感が許さなかった。
彼女はビーバンを問い詰めるが、逆にビーバンに家を追い出されてしまう。
トーニャは固く口を閉ざしたまま真実を喋らない。
バニーの妹も夫の言い分を信じて、バニーを冷たく突き放す。
行き場を失った彼女だが、仕事仲間の一人の男が彼女の一晩の寝床を確保してくれる。
その男は大所帯なのだが、男の母親はバニーを受け入れ、彼女に優しい言葉をかける。
ここまでの流れで観客はバニーに完全に肩入れしてしまう。
バニーは翌日、ビーバンのガレージに忍び込んで車にスプレーでゲス男と落書きし、さらには社内に小便まで撒き散らす。
この程度なら多少は過激だが、バニーの受けた屈辱を考えれば当然だともいえる。
しかしここからバニーの行動はさらに過激さを増していく。
彼女は子供たちと暮らすためなら手段を選ばなくなる。
自分を泊めてくれた恩人の家を自分の家のように偽装して審査を通らせようとしたり、内見させてもらった部屋の暗証番号を覚えて侵入し、トーニャにあたかも新居であるかのように振る舞う。
ニュージーランドでは入居希望者に対して、圧倒的に住宅の数が足りないのだという事実も初めて知った。
トーニャはやはり真実は語らないが、自分の母親が一方的に義理の父親の言い分を信じたことにショックを受けていた。
だから彼女はバニーにどこか遠くへ連れ出して欲しかったのだ。
バニーが無断で里親の元に押し掛けたために、子供たちは移住させられてしまう。
彼女は執念で子供たちの居場所を突き止めようとする。
シャノンと交わした、誕生日に一緒にプールに行くという約束を守るために。
しかし彼女の子供たちに会いたいという願いは、最悪の事態を招いてしまう。
客観的に見ればバニーの行動は異常である。
そして世間の目からは、「実の子供に会うために姪を誘拐し、家庭支援局に人質を取って立て籠った狂った母親」としか認識されないだろう。
しかし観客はもうバニーの心を知ってしまっている。
バニーもトーニャも、無責任な彼女らへの説得に「何も知らないくせに」と吐き捨てる。
バニーを追い詰める人たちは決まって、「我々が彼女から子供たちを守るのだ」と答える。
その身勝手な言葉のひとつひとつが観ているこちら側の心をも突き刺す。
客観的に見れば身勝手なのはバニーの方なのだろうが。
どれだけ足掻いても沼から抜け出せない人生もある。
彼女はどうすれば子供たちと一緒に暮らす生活を手にすることが出来たのだろうか。
色々と胸に突き刺さる内容で、世の中にはバニーと同じような辛い思いをしている人間がたくさんいるのだろうなと思った。
彼女らの声は届かない。
しかし決してバニーは誰からも理解されないわけではなかった。
事情を察して彼女の大家の振りをしてくれた仕事仲間の男の母親。
家庭支援局のトリッシュも決してバニーの言い分が分からない人間ではなかった。
そしてバニーがいくら常軌を逸していても、彼女の側を決して離れようとしなかったトーニャ。
最終的にバニーは機動隊に撃たれてしまうのだが、彼女を救護する女性もバニーにとても暖かい言葉をかけてくれた。
バニーの望みは叶わなかったし、幸福な結末ではないのだが、最後は人の暖かみを感じさせる作品で、決して救いのない話ではないと思った。
個人的に映画を観てあまり泣くことはないのだが、この作品は観ていて思わず目頭が熱くなった。
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