豚肉丸

VORTEX ヴォルテックスの豚肉丸のレビュー・感想・評価

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
4.8
認知症の妻を介護する夫のお話

認知症老夫婦の介護生活を全編二画面に分けた映像が2時間半ずっと続く…というかなり実験的な手法ながらも、映画自体はギャスパー・ノエらしさは抑えられて真っ当に作られており、見る前は楽しみの反面で不安も大きかったけど、見た後は手放しで絶賛できる映画でした。
全編分割画面の映画と言えばまさにギャスパー・ノエ監督の『ルクス・エテルナ』が挙げられる。あの映画は文字通りの実験映画で、二画面で同時にドラマが進行して最後には観客の目を破壊すると言ったように、観客にとっては不親切で視力を壊してくる凶悪映画であった。この手法は短編映画だったから通用したのであって、これを長編映画(しかも二時間半!)に適応してもただ分かりづらい映像がずっと続くだけにしかならない気が…と不安に感じていたが、意外なことに本編はかなり親切に作られていた。『ルクス・エテルナ』で感じたような不親切さは感じられず、分割画面を生かしたドラマと演出もとにかく良い。親切な分割画面だ…

ギャスパー・ノエ監督と言えば暴力!セックス!が基本となっているが、『VORTEX』ではこれらの要素が排除されている。観客を不快にさせる点滅演出も無く、これまでの作品に比べるととても落ち着いた印象を受ける。だが、物語には確かに「死」が密接に関わっている。そもそも映画のテーマ自体が「老化と認知症」であり、「死」が直結する要素ではあるのだが、それにしても映画全編に「死」の空気が蔓延っているのだ。オープニングの曲、家の中で垂れ流されてるラジオの音声、夫が見ている映画の内容、そして認知症の妻の不注意によって巻き起こる日常と密接した事故など、常に日常の風景が続く映画なのに「死」が隣に佇んでおり、いつ訪れてもおかしくない。
しかも、この雰囲気が分割画面演出と見事にマッチしているのも面白い。基本的にそれぞれ夫の行動と妻の行動の画面に分かれているのだが、夫が作業を進めていると妻の方で何かしらの問題が起きている序盤の展開から分かる通り、この展開がずっと続く。それ故あまり気は抜けないし、ビックリ要素もホラー要素も無いはずなのに心は全く落ち着かない。

2時間半の長さは感じるものの、ギャスパー・ノエの新境地と言ったような感じがして個人的には凄く良かった。案の定見終わったら精神擦り減るし心地良い気分もしない(何なら、認知症という現実的な問題なだけにいつも以上に気が滅入る)けど、見て損は無い。何回か見返したらまた楽しめそうだけど見返したらさらに精神が擦り減りそうで恐ろしい。
豚肉丸

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