りばいあ

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのりばいあのレビュー・感想・評価

5.0
多元宇宙(SF)やカンフーアクションを経由して、ダメな自分に向き合ってこなかった中年女性が、自分と家族の問題に向き合い奮闘するヒューマンドラマです。

私ごとですが、安定した職もなく、締切の前日に確定申告を終え喜んでいた手前、母から嫌味を言われた経緯がありましたので、一番最初は娘役のジョイに感情移入しましたが(俳優さんと同い年でした)、最終的に、優しいだけの無能父ウェイモンドにも、頑固おやじゴンゴンにも、夢を諦め人生に悲観する更年期母エヴリンにも感情移入させられました。

近頃は、マルチバース、アクション、ヒューマンドラマ、これらが合わさった作品はけっして珍しくありませんが、私が観てきたそれらの作品の多くが、スーパーパワーを得たことによって生じた苦悩に立ち向かうものでした。しかしこの映画は始まってから終わるまで一貫して、ダメな旦那と娘と父を持つダメな母親が自分の苦悩に立ち向かった作品でした。マルチバース的要素やアクションはもちろん素晴らしかったですが、それはあくまで映画としての起爆剤で、本当に素朴でありきたりな視点がぶれなかったことが、この映画の個人的な感動に繋がったと思います。

それと、愛や優しさを扱う作品の多くが、自分と自分に近しい人たちだけの間で、それを語り完結させることが多いように感じます。しかし、愛や優しさに気づかせてくれる対象の背景には、必ず他者を含んだ社会があります。自分がたまに会う人や、会わないけど同じコミュニティで育った人、そういったあらゆる存在があって自分が存在していることを無視しなかった点も、この映画に大きく感動させられたポイントでした。国税庁の監査おばさんも、そこで働くセキュリティも、コインランドリーに訪れるギャルやセクハラおやじ、どこの世界の誰だか分からない変態ニキや、頭にラクーンを乗せたシェフも皆んな、彼らの苦悩にさえ立ち向かい抱きしめたからこそ、最も近しい家族との問題や苦悩が浮き彫りになって、それを乗り越えたからこその感動があったような気がします。

「スローターハウス5」や「タイタンの妖女」のカート・ヴォネガットのようなSFで知的好奇心をくすぐられるもユーモラスな脚本と、ブランディングではなくクオリティーで毎度驚嘆させられる制作チームA24、そして私と同世代でもある監督のダニエルズ(ダニエル兄弟)が織りなす目まぐるしいバース・ジャンプの連続が、スローテンポでしっとりと聴かす、ミツキ(粋です!)とデヴィッド・バーンの挿入歌で締め括られたことも含め最高な体験でした。

「もしも、あの時、こうしていれば、今とは違う人生だったかも」

数年後にそう気付き後悔する前に劇場で観ることを激しくオススメ致します。

PS: 勝手な意見で恐縮ですが、カート・ヴォネガットのスローターハウス5と、アメリカの移民やクィアにまつわる問題を少しでも予習していれば、ただのドタバタ劇ではなく、とても勇敢で社会風刺のある映画にも映り得る気がしました。この辺のことも特筆したいですが、かなり長くなりそうなので、それは専門の方にお任せしようと思います。
りばいあ

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