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エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのYKのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

理想とはかけ離れた現実に対し、「あのときこうしていれば・・・」と悲観的になってしまう、そんな人々へのエールとなるような作品。人生は選択の連続であると考えると、その選択の数だけ違った未来が広がっているように思える。そんな無数の「あったかもしれない」人生を、劇中ではマルチバースに存在する別の「私」として描き出す。SFものでよくある世界観だが、本作のおもしろい点は、パラレルワールドを行き来する主人公がごく庶民的なおばさんだというところ。破産寸前のコインランドリーを経営するエヴリンは、弱気な夫と反抗的な娘、さらには要介護の父をまとめる一家の大黒柱だ。しかし彼女は、母親として、妻として、1人の人間として、自らの人生について自信と価値を見失いつつあった。幸せな人生を夢見てアメリカまで渡ってきたのに・・・。彼らは中国系移民という設定だが、そこには監督自身の実体験も反映されている。

作中に登場する世界(バース)は実に多様で、シェフになった世界線、セレブになった世界線のほか、無機物や二次元の世界まで描かれる。自らの選択によって分岐した世界と、そもそも生命の進化の過程で分岐したような世界が同じ土俵で描かれているのが設定的にやや怪しいが、バリエーション豊富な衣装や美術は見ているだけでおもしろい。ただ、どんなにカオスな描写になろうとも、エヴリン自身を認識できるのがいまのエヴリンただ1人である以上、テーマはいたってシンプルだ。つまるところ、別の人生にどんな可能性があろうが、結局はすべての結果として存在する「いま」でしか生きられない。大事なのは、現に目の前に「いる」or「ある」ものだ。エヴリンが大女優になった世界線で、彼女はドレスに身を包んだ自分を感じながら、同時に自分の周りにいる人々を知ることになる。そこには常に誰かしらの「あなた」がいて、愛していようが憎んでいようが、その対象である「あなた」がいま目の前に存在しているという事実自体が、何にも代えがたい奇跡なのだと思う。『青い鳥』のような教訓的な物語にも感じるが、普遍的なテーマをあえて壮大に、無駄ともいえるアイデアてんこ盛りで描いた、まじめで不真面目なコロコロコミックの表紙のような作品。
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