烏丸メヰ

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの烏丸メヰのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

『エブエブ』の最も雄弁なテーマは“家族愛”だと感じた。普遍的なものだ。
それを奇抜な世界観設定や強烈なギャグ、ナンセンスなビジュアルで包んだのが『エブエブ』の個性だと私は感じている。
だからこそ、観る人によって好き嫌いや評価は分かれそう。
「どこにでもあるテーマをこんなに個性的な見せ方をしてて面白かった!」
という人もいれば、
「単なる家族愛を奇抜な見せ方してるだけで中身がそこまで無いな」
という人もいるだろう事は想像にかたくない。
奇抜な手数とありふれた落としどころのギャップが、私は楽しいと感じたが、そうでない人もいそうだなとは思ってしまったので。


移民として親として経営者として、上手く行かない生活の源、今の人生の「選択」をしたのは他でもないエブリンだ。
好きになった夫と結婚する為に父の反対を押しきって駆け落ちし、中国からアメリカへ渡った。
その「選択」をしなかった可能性の宇宙では、エブリンは独身だがカンフーの達人となり、カンフースターとなり、またウェイモンドも社会的に成功をおさめているようだ。

しかし、カンフースターのエブリンの宇宙では、ウェイモンドはエブリンの夫ではない。
そして当たり前に、二人の間に娘も生まれていない。
いつも優しいだけの頼りない夫と、エブリンを困らせる娘は、「上手くいかないエブリンの宇宙」でなければ彼女の家族ではないのだ。

古い価値観からエブリン達の恋を否定したかつての父と同じように、エブリンも今、娘が同性愛者である事に固定観念のせいで納得できずにいると気づいたのではないだろうか。
そしてまた、手がソーセージの宇宙のエブリンは、同性のパートナーと愛し合っている事も知った。


そして彼女は、何にでもなれるが故に虚無感に捕らわれたジョブ・トゥバキに対し「全エブリンいち上手くいかない宇宙のエブリン、だけどこの宇宙では貴女の母親」だとしてあらためて向き合う。
この上手くいかない人生、だけどこの人生でここにいる大切な家族。それを受け入れる。
あたたかく寛容な優しさに溢れたエブリンの「選択」だった。
これは同時にとても残酷な妥協でもある。全ての自分の可能性で最も上手くいかない自分と現状を受け入れる、という事なのだから。

しかしエブリンは、不幸に屈してこの「選択」をしたのではない。夫と娘、そして父ーー家族の存在という幸福をとった。
そう私は思っている。


一人で自由に何もかもを全部乗せして、何味かも分からなくなった真っ黒のベーグル。
豪華なハムや高級オリーブオイルなんてなくて、塩を振っただけの安物ベーグル。
同じ“味気ないベーグル”でも、後者をみんなと一緒に分かち合えば、きっと楽しく食べられる。
エブリンが守った「家族」とは、きっとそういうものなんだろうな。
頼りないけど優しい夫も、女の子に恋する娘も、ボケてもまだまだ頑固な父も。
どんなだって、どこだって、一緒に。
烏丸メヰ

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