SANKOU

すずめの戸締まりのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

九州のとある町に住む女子高生の鈴芽は、登校途中に「扉を探しているんだ」という不思議な青年とすれ違う。
一目見た時に何か感じるものがあったのか、鈴芽は学校には向かわずに青年が向かった、今は廃墟となった温泉街へと赴く。
そしてそこで鈴芽は廃墟の中にポツンと佇む謎の扉を発見する。
扉の向こうには煌めく星空が浮かぶ景色が。
しかし扉を抜けてもその先へは進めない。
そして鈴芽は扉の近くにある不思議な置物に気づく。
彼女がその置物を持ち上げると、瞬く間にそれは生き物となって駆け出していく。
気味が悪くなった鈴芽は、急いで学校へと戻る。
教室に入ると、一斉に緊急地震速報を報せるアラームが鳴り響く。
地震の規模は小さかったが、彼女は窓の外に禍々しい形をした煙のような、生き物のような物体が空に伸びていく光景を目にする。
しかもその光景は他の生徒には見えていないらしい。
鈴芽はその物体が発生している場所へ向かうが、果たしてそこは鈴芽が扉を開けた廃墟だった。
そして彼女は、先ほどの青年が扉を必死で閉じようとしている姿を目にする。
そして鈴芽と青年が扉を閉じた後にタイトルロールが表示される。
人間の自然な心の変化の過程をすっ飛ばしたような、かなり突拍子のないオープニングに思われる。
しかし一瞬で作品の世界観に引き込まれる。
とにかくシナリオの強引なまでの求心力が凄い。
都合のいい展開も、あり得ないような展開も気にならないほどに、とにかく鈴芽の心情に引き込まれる。
青年の名前は草太で、彼は災いを招く扉を管理する「閉じ師」であることが分かるのだが、初対面の彼に対して鈴芽はすぐに特別な感情を抱いてしまう。
その答えは終盤に分かるのだが。
扉が開いてしまった理由は、鈴芽が扉を閉じる役割を果たしている要石を動かしたからだ。
要石がなければ、災いがまたいつ扉から解き放たれるか分からない。
解放された要石は、ダイジンという子猫の姿になって鈴芽の前に姿を表す。
「鈴芽好き。お前は邪魔」とダイジンは草太の姿を椅子に変えてしまう。
椅子になってしまった草太と鈴芽は、ダイジンを捕まえ、扉を閉じるために旅に出る。
『君の名は。』では彗星、『天気の子』では天気、そして今回は地震と、新海誠監督の作品では抗えないような自然災害に立ち向かう人間の姿が描かれる。
そしていずれの作品でも、登場人物は孤独な戦いを強いられる。
鈴芽は行く先々で人に助けられるが、彼女は自分の背負わされた運命を人には打ち明けられない。
そして鈴芽は一番の心の支えだった草太が、ダイジンの呪いによって要石の役割を押し付けられたことを知る。
もし草太が要石としての役割を果たさなければ多くの人間が犠牲になる。
しかし草太が要石になれば、もう彼と会うことは出来ない。
彼女は大切な人間の命と、大勢の命を天秤にかけなければならなくなる。
大切な人を救うために命を投げ出すこと。
これも新海誠作品で描かれる大きなテーマのひとつだ。
鈴芽は何度も死ぬのは怖くないと叫ぶ。
大切な人に会えないことに比べれば。
彼女は災いを解き放つリスクを背負いながら、草太を助けるための孤独な旅に出る。
この作品の背景には東日本大震災がある。
鈴芽の両親は津波に呑まれて亡くなってしまったらしい。
彼女を女手ひとつで育てたのは叔母の環だった。
どこか鈴芽と環の間には壁があるようだ。
鈴芽が家出をしたと思っている環は、彼女を連れ戻すために東京へと向かう。
環と草太の友人芹澤が成り行きで、鈴芽と共に扉を閉じるために鈴芽の故郷を目指す展開はかなり強引ではあるものの、孤独な戦いではなく人を巻き込む流れは安心感があるし、ワクワク感もあった。
スケールはとんでもなく大きいが、これは個の願いにとても強いフォーカスを当てた作品だ。
『天気の子』を観た時も同じ感想を抱いたが、多少の強引な展開がまったく気にならないのは、鈴芽という個の願いが作品に凝縮されているからだろう。
たとえ世界が滅茶苦茶になっても愛する者を救いたい。
この救いたいという想いが世界を変えていく。
草太が姿を変えられた脚が3本しかない椅子が、鈴芽と母との大切な思い出のある品だと分かるエピソードもグッと来る。
廃墟から災いが起こるという設定もとても現代的だと感じた。
間違いなく現時点での新海誠監督の最高傑作だと思った。
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