安藤エヌ

エンパイア・オブ・ライトの安藤エヌのレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
3.6
生きることへの困難を抱えた女性が、映画というものから与えられる”客観的”かつ”近親的”な感動により再起するといういささか凡庸とも思える内容ながらも、オリヴィア・コールマンの魂が宿る演技やマイケル・ウォードの一瞬のまなざしから目が離せなかった。

オリヴィアのことはクィアドラマ「HEARTSTOPPER」で知ったのだが、内に潜む愛や苦しみを絶妙な形で演じることに長けた味のある女優だと思う。

オリヴィアは言わずもがな名演だったのだが、スティーヴンを演じていたマイケル・ウォードが個人的にとても良かった。「グリーンブック」でドンを演じたマハーシャラ・アリもそうだが、自身がブラックであることに対しての根底に”人生への諦観”があって(肌の色の所為で、というのは本来あってはならないことであるのは前提として)、それを含んだ複雑な眼差しをするのがとても巧かった。

フェミニズムや差別を扱った作品としてはやや脚本が甘めか、と感じながらも、演者の演技から伝わってくる切実な感情が観客を引き寄せる。即物的な男を演じていたコリン・ファースは、彼が演じたからこそ感じられるヒラリー(オリヴィア)の苦痛があった。”権威”を求め、”女性の身体”にしか関心を抱けない男の露悪的な像をコリンが一身に引き受けることで、より女性主人公であるヒラリーの心情に観客がリーチしやすくなっていたので、コリンがますます好きになった。

実際の劇場を改装して使ったというだけあり、背景や建築物のもたらす説得力は段違いだった。言葉なくして雄弁に物語を語る建築物の良さを感じられる作品。
安藤エヌ

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