浦切三語

エンパイア・オブ・ライトの浦切三語のレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
4.5
今まで観てきたサム・メンデスの映画の中では、これが一番好きです。正直なところ学生時代に『レボリューショナリーロード』でトラウマを植え付けられた自分としては「サム・メンデスがラブ・ストーリーを撮る」と耳にして「ウゴゴッ」な気分になったんですが、覚悟して観に行った結果、杞憂でしたね。めっちゃイイ話やん。

主人公は白人のおばちゃんと、黒人の若い男。映画館のスタッフとして働くこの二人のラブ・ストーリーが主軸になっていますが、根底に描かれているのは「映画」ということで、ラブ・ストーリーというよりかは「ラブ・ムービー・ストーリー」……21世紀の『ニュー・シネマパラダイズ』のような感覚を受けました。

ここに感想を書いている人のほとんどが映画が大好きな方々だと思うんですが、どんなに素晴らしい映画を観たからといって、その人の現実世界が大きく変わるかというと、そんな機会は少ないと考えるのが自然でしょう。愛や平和について語る映画がこの世にはごまんと溢れているけれど、世界は愛に満ちてないし、平和からは程遠い。個人的なスケールで考えてもそう。どんなに素晴らしい映画を観たからといって、イヤな上司は消えてくれないし、いじめはなくならないし、体重は増えるし、タバコは止められない。人種差別はなくならないし、壊れた精神が元に戻るわけでもない。

「どれだけ素晴らしい映画を観ても、現実は変わらない」ことを、無意識のうちに私たちは感じている。でも、それでも私たちは映画を観る。なぜか。それは「夢」を観るのと同じなんだと、この映画は語っている。普通の夢と違うのは、それが「現実の世界と地続きになっている夢」ということです。映画館というある種の「異界」で、暗闇の中を切り裂いて現れる光の映像。あるいは、連続する光の帯の只中に、一瞬だけ顔を覗かせる闇。これが夢でなくてなんだというのでしょうか。

どれだけ現実が悲惨なものになろうとも、どれだけ人生が苦境に立たされようとも、たとえ素晴らしい映画を「観た」としても辛い現実が変わることなんてないけど、それでも私たちは「映画」という「夢」を見続けることが出来る――その素晴らしさを、しっとりと上品に、それでいて力強く謳い上げるサム・メンデス。『アメリカン・ビューティー』や『レボリューショナリーロード』において、ままならない現実を痛烈なタッチで描いてきた彼が、こんな感動作を仕上げるとは思いませんでした。キャラクターたちが直面する現実の厳しさを痛烈に描きながら、それでも人間の「映画を観る力」すなわち「夢を“観る”力」を信じて、まぁなんとかなるから頑張っていこうよと、自然と肩に手を置いてくれるような映画。それこそが、私にとっての『エンパイア・オブ・ライト』です。とても大事な映画。ぜひ、多くの人に観て欲しい。
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