りっく

ティルのりっくのレビュー・感想・評価

ティル(2022年製作の映画)
4.2
黒人のルーツである南部とは意識的に距離を置き、シカゴで家族と仕事だけの世界の幸せを死守してきた黒人女性に降りかかる悲劇を契機に、黒人であることを突きつけられアイデンティティが覚醒するまでを、人間としての尊厳を持って堂々と物語る傑作。

演出もリンチを受け殺された息子の死体の見せ方ひとつとってもとても効果的で、リンチを受け殺害される場面は直接的には描かず、無惨な姿で母親が対面した際の衝撃と、その姿が世間に訴えかけるメッセージ、さらには法廷で詳細を語ることで「死体が息子であること」=「息子の母親であること」を力強く浮かび上がらせてみせる。

また我が子を殺した犯人に罪を償わせたいという個人的な物語が、黒人の歴史や人権といった大きな物語に取り込まれ、大義を背負わされることへの拒絶反応や戸惑い、それを経て覚悟を持って声を上げるまでの母親の心の機微を繊細かつ誇り高き演じたダニエル・テッドワイラーが素晴らしい。そしてそれは黒人に限定せず、様々な問題を他人事だと距離を取り見て見ぬふりをするような観客の心を鋭く抉ってみせる力強さがある。
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