Listener

TAR/ターのListenerのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

今年見た新作の中で一番心に残った。曖昧さと認識のずれがテーマの一つのように思った。学生を論破したり、副指揮者をクビにしたり、一目惚れした新人を贔屓にしたり、好ましくない部分は確かにあるものの、どのエピソードもある程度は合理性があり権力の濫用とは言い切れないようにも思う。自殺のスキャンダルもリディアにどの程度原因があったのか映画では明かされていない(ように見えた)。向かいの部屋であんなことが起こってるなんて知らないし、新人が廃墟に消えてゆく理由は謎だし、顔の左側を怪我したリディアを右側から見れば無傷のように見えるし、『地獄の黙示録』の遺物の存在は知られていないし、マッサージを紹介してほしいと言えば思っていたのと違うタイプの店を紹介されるし…世の中は分からないことだらけなのに一方的に称賛・糾弾する風潮に一石を投じたかったのかな。そうだとしたらかなり挑戦的な作品だ。いや一石を投じるつもりはなく、現象を提示しているだけか…?この映画のポスターでは彼女の顔が見えないようになっているのも味わい深い。

権力者の孤独、偏見の持たれやすさ、脇の甘さ。コントロールできないこと/すべきでないことをコントロールしようとする気持ちも分からなくはない。

娘の足を上げるところとかよくわからないシーンもあったし人の名前を追うのが大変だったのでもう一度観るかもしれない。

ケイト・ブランシェットは格好良かった。リディアみたいな能力が高い人には憧れてしまう。Krista→At riskとかね、そんなこと考えもしないよ普通は。トイレで靴をチェックするところとか頭の回転が速すぎる。

(追記)
色々考察を読んだがこの作品の深さに本当にびっくりする。全然読み取れてなかったな。リディアがリンダに戻る話だからタイトルは『TAR』なのかな。次は嘘と時間と利害関係に着目してみたい。

(2回目)
登場人物がわかっているとスッキリ観れて新しい気付きがたくさんあった。見直してみると思っていたよりも説明されていたように感じた。

冒頭の対談でインタビュアーのセリフをフランチェスカが口ずさむシーン。きっとこちら側で用意したスクリプトなんだろう。ウィキペディアの編集などもそうだがイメージを作り上げることにこだわる人物として描かれている。エンドクレジットで家族と思われる男性の姓がTarrと表記されていた。リンダをリディアに変えただけでなく、TarrをTarに変えたのはなぜだろう?ARTを想起させるため?

学生とはじっくり時間をかけて対話していたし、副指揮者にはよく考えて決断するよう促していたし(加えて副指揮者の判断が適当か周りに意見を求めていたし)、オルガが正式な団員ではないと指摘された時はオルガに失格を言い渡すことを自ら提案しているし、やはりリディアは不誠実な人物とは言い切れないように思う。それに対して、去り際に暴言を吐く学生も、噂話を信じ込んでいる副指揮者も、さらに言えば動画を取り編集して流した(と思われる)フランチェスカも、不適切な行動を取っているが社会的な制裁は受けない。非対称的な構造だ。

マッサージ店を紹介されるシーンの直前で、路上でたむろしている男性3人が彼女を見て馬鹿にするような感じで笑っていた(彼女は気付いていないが)。それを踏まえると彼女が嘔吐した理由は性的搾取をする人間だと他人から思われているとあのタイミングで察したからだと思った(5番などの符合もあるけど)。騒がしい屋外でスコアに向き合う彼女の姿からは変化を感じ取れるし再出発には違いないが、やはりハッピーエンドとは言い難いように思う。

アラーム音→ピアノ→オーケストラとシームレスに移行するシーンがインパクトがあって良かった。バーンスタインのビデオを彼女の肩越しから映すシーンも良かった。メダルをかけてたんだね。

やっぱり権力者は偏見を持たれやすく大変だと思った。権力を持つコミュニティの外で頼りにできる人がいないと精神的に持たない気がする。結婚しないと出世できないというのはそういう観点もあるのかな。

これだけ感想を引きずり出せるこの作品は凄いと思うし、同時に、偏った見方を引きずり出そうとする監督の企みもあるように思った。クレジットの多くを最初に持ってきたのは、理解の助けとなる内容(モンハンとか)をエンドクレジットで目立たせるための親切心もあるかもしれない。
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