ワンコ

たまらん坂のワンコのレビュー・感想・評価

たまらん坂(2019年製作の映画)
4.2
【記憶】

土地の名前に隠された記憶と、人の心の奥底に閉じ込められた記憶を絡め、対比させながら綴られた物語だ。

中学生の時に、住んでいた田舎の街や地域の何かをモチーフに作文を書くという課題が出されたことがあった。

僕の住んでいた地域は、ずっと昔は村で、アイヌ語に当て字をした地名が村の名前になっていた。
調べると、同じ読み方のアイヌ由来の地名は他にもあって、当て字が違うというケースがあった。
僕は作文に、ずっと昔、現代の日本人のルーツとなる人々が北上し、アイヌの人たちを蝦夷地に追いやったが、地名にはアイヌの人たちが住んでいたことを記憶として留めたこと、こんなアイヌ由来の地名は北海道以外にも日本には少なくないこと、そして、そんな地名を名字にした人たちもいることなどを書いた。

確か、地域のなんかの賞に提出されて、なんかささやかな賞をもらったような記憶があるが、当時の国語の先生がとにかく大嫌いで、そいつ経由で知らせがあったせいか、あまり覚えていないというのが、僕の話のオチだ。

「たまらん坂」という黒井千次さんの短編は知らなかったが、映画の序盤で、RCサクセションの「多摩蘭坂」が紹介されたは時、「あっ」と声をあげそうになった。

これは知っている!

そこから結構集中して観た。

そして、自宅に帰ってからKindleにダウンロードして、「武蔵野短編集 たまらん坂」を読んだ。

舞台挨拶で、黒井さんも登場して、原作に囚われずに自由に映画を作ってと激励したというエピソードが紹介されたが、この映画は、原作の地名の不思議な経緯(いきさつ)と、ひな子の、書き換えられたわけではないが、曖昧な記憶が重なるようで、不思議な対比となって、物語に面白さを与えていると思う。

黒井さんの「たまらん坂」も結局のところ、名前の由来にこれだというはっきりしたものが見出されたわけではなかったのだ。

終盤のストーリーには、もう少し違うアプローチはなかったかなんて思ったが、好感度は高い作品だった。

NHKのファミリー・ヒストリーのような番組もあるが、自分の住んでいた街や地域のヒストリーを知ることも、もしかしたら、個人のアイデンティティの一部になるかもしれない。

そんなふうに思った。

主演の新人の女優さんは、眼に力があって良かった。舞台挨拶では、いたって普通の雰囲気の女性だった。緊張していたのだと思う。

俳優業、頑張って続けてほしい。
ワンコ

ワンコ