しん

小さき麦の花のしんのレビュー・感想・評価

小さき麦の花(2022年製作の映画)
3.5
8か月ぶりに映画館に帰ってきました。映画を見るために設計された空間で映画をみることが、この上なく贅沢なことだと改めて実感しました。本当に素敵な時間ですね。

さて作品です。中国東北部を舞台に生きる農民をまなざした本作は、望まない物を与える代わりにさまざまな物を奪い取るという、共同体の苛烈な側面が繰り返し描かれます。一家のお荷物であるという理由から結婚させられた二人は、二人だけで静かに生きていくことを望みます。しかし、主人公が珍しい血液型であること、中国政府が政策的に空き家対策と補助金政策を実施したことなど、二人の生活とは関係ない理由で、身体的も生活も共同体の利益のために侵食されます。理想化される牧歌的農村ではなく、むしろ残酷で自給自足的に静かな生活を営ませてくれない農村というリアルが、スクリーンの前に写し出されています。
二人が築いてきたものが大雨などの自然によって破壊されるときに、二人はむしろ楽しそうな笑顔をみせますが、破壊が人間によってなされるとき、その瞬間に笑顔はありません。このコントラストが、非常にうまく描写されていました。

もうひとつのテーマは「土地に縛られる農民」です。これはしばしば悪い意味で用いられますが、本作では良くも悪くもという描き方になっています。土地とともに生きることで、テレビやBMWがなくとも豊かな暮らしができるという側面と、それが故に外の世界を見ることができないという困難な側面を抱えながら、貧農は今日も畑を耕しています。二人の生き方が理想的であるとは口が裂けても言えない一方で、二人が車道の側溝で水浴びをしたり、自動車が走る横をロバと共に歩く姿に、なんとなくの憧憬を抱いてしまうのも、それが完全に失われた都市に生きているからなのだろうと感じます。
じんわりと考えさせてくれる、面白い作品でした。
しん

しん