柊

小さき麦の花の柊のレビュー・感想・評価

小さき麦の花(2022年製作の映画)
3.9
まず驚かされたのは、主演の2人だが夫役は素人、妻役は女優との事。
とても作り物とは思えなくて、これは現代中国のドキュメンタリーか?と思うようなまさにそのままリアルな生活を切り取ったのかと勘違いしてしまいそうになる。
そのくらい何か役を演じている感がしなかった。強いてあげれば妻役の女性が足が不自由なんだけど随分足が長いなって思ったくらい。

そしてほぼ人力で農作業をする夫婦は道具さえも縄文時代か?と言うくらい素朴な物とロバしか使用していない。そのくらい貧しいのだろうけれど、よく目をこらすと奥で農作業をしている人はトラクターに乗っている。さらに霞がかかった遠くには高層ビル,多分住宅だろう。そして時々やってくる都合のいい男はBMWに乗っている。

この格差の凄まじさ。双方の家族から厄介者扱いされて夫婦となる2人だが、与えられた環境で愚痴も言わず黙々と働き、縁あって伴侶となった足の悪い妻をいたわるとことん人の良い夫。そこに芽生える慈愛の関係。この愛はなんとと慎ましくて尊いのかと思わされる。
どんなに貧しくても、人に何と思われようとも2人の生活を守り通す姿勢はまるで聖人のようだ。
搾取されても血を提供させられても不満も疑問も持たない。もしかして血の提供だって、コートを貰って終わり?何もかも抵抗する術を持たない2人なのに神は更なる試練を与えてしまう。

観ているこちら側が観てはいけない結末を見せられてしまったようで心が苦しなる。

黄色い大地の中にロバを開放して砂漠の中に消えてしまった時はそのまま死んでしまうのかと思ったが、その後豚も鶏も処分して、日干しレンガで作った家も解体されて、高層の住宅に入ると言う結末。果たして彼はそこで生きられるのか?農民を土から離してコンクリートに押し込めるこの政策が人の幸せにつながるとは全く思えない。

コツコツと人力で土をこねてレンガを作り、雨の中干したレンガを守りながら泣き笑いし、こちらの予想より随分立派な家を作り、借りた卵を孵化させるために穴を開けた段ボールに灯りをともすそんなシーンに詰まった幸せが何よりも尊いと思わせられる。

この作品が中国では若い層に観られているらしいが、中国の若い層にとって幸せの価値観が揺らいでいる証拠なのではないかな。日本の若い層も観て欲しいな。
タイトルの小さい麦の花ってそう言う事なんだと思うと何とも微笑ましい。でもそれはあまりにもささやかすぎる幸せの象徴だった。
柊