映画は映像作品なのでストーリーや俳優の魅力もさることながら、入り口である視覚表現の質は大事だ。
この映画は画角、照明、色彩ともに絵画的なカメラワークで視る者を惹きつける。とても低予算映画とは思えない上品な表現力に感じ入った。
「小さき麦の花(原題・隠入塵煙)」の主題はやはり夫婦の愛なのだろうが、視ている側は愛を超えた優しさに包まれて心地良い。
嫁と2人で観ているあいだずっと「旦那さんは優しいよねぇ」と何回も言い合った。
農家の四男坊と障害者の妻という過酷な運命も、夫婦の愛を際立たせる為の小道具に過ぎないとさえ感じさせる温もりが伝わってきた。
しかし映画の中盤からはジワジワと中国の「今」が滲み出してくる。
目先がきく者は権力の端っこに繋がりBMWを乗り回す。一方で実直に農民生活を続ける者は荷台に妻を乗せてロバを引く。
前者は輸血治療など高度医療を享受し、後者は医療そのものから排除される。
クイインは排尿障害や戦振(震え)、固縮、体幹維持の困難などの症状がある。それから推測するにパーキンソン病かもしれない。適切な医療を受ければ回復する可能性もあるのではないか?素人だからなんとも言えないが。
日本だったらどんな貧困者であっても医療機会を奪われることはないが、日本の4倍超の経済力を誇る中国ではこれが現状なのだろう。
もしかしたらこの映画は夫婦の絆を描いたのではなく、強烈なプロテストを意図したのかもしれない。
深読みすれば、映画の終盤でヨウティエに新築のマンションが提供されるなど、取ってつけたようなストーリーになったのはそのせいか?
加えて配信でこの映画を見た人の感想を読むと、ヨウティエは自殺する結末のようだが本作では引っ越したことになっている。なんらかの無粋な力が入ったのだろう。
画龍点睛を欠いたが良い映画なのは間違いないと思う。原題の隠入塵煙は「隠れて刻んだ良い事も、いずれは煙の如く消え去る」という意味らしいが、それでも私は小さな優しさを刻む生活をしていこうと思う。