旅するランナー

苦い涙の旅するランナーのレビュー・感想・評価

苦い涙(2022年製作の映画)
4.1
【ファスビンダーの苦い人生】

ドゥニ・メノーシェという俳優を初めて知ったのは「ジュリアン」でした。
このDV親父がホラー映画並みの怖さで、すっかりトラウマになりました。
その後「エンテベ空港の7日間」「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」「悪なき殺人」「モーリタニアン 黒塗りの記録」「フレンチ・ディスパッチ」と見てきました。
彼が普通の善人を演じていても、そのうち本性を現わして何かやらかすに違いないという目で見てしまっています。

そして、ついに本作。
違う意味で、普通ではない役。
ゲイの映画監督を、おどろおどろしく滑稽に演じています。
メノーシェの演技の幅には、本当に驚きです。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」をフランソワ・オゾン監督が再構築した本作。
オリジナルの主人公は、ペトラ・フォン・カントという名の女性の服飾デザイナー。
ペトラを惑わせる人物も、ペトラに従順な助手も女性。
今作ではその3人の性別を反転させ、主人公の職業も映画監督に変えています。
というか、本来の形に戻していて、ファスビンダー自身の人生・性格・性癖と呼応しているのです。
実際にアルミン・マイアーという俳優と愛人関係だったのです。

オゾン監督はインタビューの中で次のように語っています。
「ファスビンダーが早く(37歳で)亡くなったことについて、ハンナ・シグラと話をしたことがあるんです。
たくさん撮りすぎたことが彼を痛めつけたのだろうかと。
“あれほどたくさん重要な作品を撮ったら長生きするのは無理だ”というようなことを、重要な映画人らが言ってきましたからね。
でも、ハンナ・シグラは、そうは思っていなくて、”ファスビンダーは、愛というものを信じられず、愛の苦悩によって早く亡くなった”という見方をしていました。
とても美しいと思います。
人生はつらいものです。
だから映画を撮るんです」

今作の最後で映し出されるファスビンダー監督の写真を見て、僕はとても驚きました。
メノーシュと瓜ふたつなんです。
映画は苦い人生を映し出す。
だから映画を観るんです。