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La fortuna di essere donna(原題)
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『La fortuna di essere donna(原題)』に投稿された感想・評価

YouTube. マストロヤンニとローレンのゴールデンカップルは、ブラゼッティによって生み出されたんだよね。でも、この映画じゃない。これは二本目。1954年の『Peccato che sia una canaglia 』が最初。こちらはその二番煎じという感じ。

冒頭のシーンはフェリーニの『甘い生活』そのまんま。というか、こちらが先なんだよね。マストロヤンニのコッラードがパパラッツォというわけだ。話し内容も同じ。ブラゼッティの原案でスーゾ・チェッキ・ダミーコの脚本はそつがない。というかブラゼッティは戦前に、アメリカの喜劇映画の影響を『Contessa di Plma』(1937)なんかを撮っているんだよね。その現代版という感じだな。

追記:
ローレンがフィウミチーノ空港の帰り、ストッキングを直しているところをマストロヤンニ写真を撮られ、雑誌の表紙を飾るエピソード。その雑誌は『Le ore』。1953年に創刊、第一期は1967年まで続く写真週刊誌。1970年以降はポルノ雑誌となってゆくけれど、すくなくともブラゼッティの映画が出た1956年ごろは、映画関係のゴシップを扱うフォトジャーナリズムの主要なプラットフォーム。

ローレン/アントニエッタの母親がいい味を出していると思ったら、大女優のティーナ・デ・フィリッポ(1898-1963)。エドゥアルドとペッピーノのお姉さんで大喜劇役者エドゥアルド・スカルペッタ(1853-1925)の娘。マストロヤンニがローレンを尋ねたところで、私がいるじゃない、私を撮ってよなんてシナを作るところなんて最高だった。

その娘ローレン/アントニエッタのフィアンセの弁護士フェデリーコを演じるのはジュスティーノ・ドゥラーノ(1923-2002)。フェデリーコは戦争中痩せ細っていたフェリーニのことかなと思って笑ったのだけど、ふと調べてみれば、ドゥラーノってベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』のエリゼオ伯父さんではありませんか。なるほど面影がある。ちょっとびっくりしたけれど、やはり舞台の喜劇役者さんというのはすごいわ。流行に流されず続ける力を持っているわけだ。

ローレンが演じるアントニエッタは、庶民の出身ながらも芸能界への出世をめざす野心家さんなんだけど、それって実はミスコンから芸能界入りして高みを目指したローレンそのまま。そんなローレン/アントニエッタの魅力に惹かれ、手助けをするセネッティ伯爵の依代がフランスの名優シャルル・ボワイエ(1899-1978)。そして嫉妬深いけれど鷹揚でしたたかな妻エレナは、戦前からずっとブラゼティのディーヴァを演じてきたエリーザ・チェガーニ(1911-1996)。

そのチェガーニとローレンの新旧ディーヴァが、おどおどする伯爵ボアイエを挟んで火花を散らすテーブルのシーンなんて最高。今なら動物愛護団体から大クレームもののミンクのコートを、じつにわかりやすく小道具として活躍させちゃうのも楽しい演出。さすが映画職人のブラゼッティ。

パーティのシーンで、アルファやらフィアットやら当時のハイクラスから庶民クラスの車が一同に集まり、その後で夜の散歩、ロマンチックなベンチには座らず、「工事中 Lavori in corso」の標識を通過して、彼氏の家の前。ところが意地の張り合いで気持ちが伝わらず、彼女は最後の手段に出て、工事中の石畳道路の石を掴むと、彼に投げつける。何をするんだと慌てる彼に、彼女が叫ぶ。それは意気投合した伯爵の妻エレナ/チェガーニから聞いたセリフだ。

「わたしは庶民の出だから、ときには物を投げて問題を解決するしかないのよ(Io sono una popolana e certe situazioni bisogno risolverle di slancio.)」

まさに戦後庶民派ローレンの本領発揮。それを受けるのは同じく庶民派マストロヤンニ。こうして二人が唇を合わせるとき、問題は解決したかに見えるのだけど、ブラゼッティはちゃっかり「工事中 Lavori in corso」 を映してみせる。映画には Fine の文字がでても、ふたりの工事はまだまだ続くというわけか。

ぱちぱちぱち!