雑記猫

ドント・ウォーリー・ダーリンの雑記猫のネタバレレビュー・内容・結末

3.6

このレビューはネタバレを含みます

 今自分がいる世界は仮想現実で、なんとかしてここから現実世界に逃げ出さなければ、というのが本作の物語構造の根幹だが、世代的にはやはり『マトリックス(1999)』が連想される。個人的には、閉鎖された町からの脱出という点では『ビバリウム(2019)』、町ぐるみで主人公を騙そうとしてくる感じは『ワンダヴィジョン(2021)』なども想起される。ということはつまり、設定的にはなんとなくどこかで観たような作品というわけで、となると演出で恐怖感や違和感をどれだけ醸し出せるかというのが勝負の作品ということになる。


 本作に関しては劇伴が非常によく、特に作中で多用される女性コーラスの入ったBGMは若干露骨ではあるものの、世界の禁忌に触れてしまった緊迫感を豊かに醸成している。ほどよく作り物感のある衣装やセットなどの作品の雰囲気作りも良く、扇情的でありながら不気味なバレエのシークエンスも作品の空気感にマッチしている。また、分かりやすいビックリ箱的なホラーシーンがほとんどなく、それとなく違和感を想起させるようなシーンを積み重ねることで、主人公のアリスが精神的に追い詰められる過程を説得力を持って描いている点も良い。一方で、前述の通り、そんなに真新しいギミックのある作品ではないので、アリスが立ち入り禁止区域から戻ってきたあたりからは、どうしても観る側としては「種明かしまだかな?」モードになってしまうため、終盤の真相が明かされるまでが冗長に感じてしまう。


 こういったSF色の強い作品の場合、作中の謎が種明かしされてしまうと、どうしても急に白けてしまうというのが世の常である。理由は色々あろうが、個人的には謎を明かすことによって、作品のリアリティラインが大きくずれてしまうというのが大きな原因の一つであると考えている。少しジャンルが違うが、『新世紀エヴァンゲリオン』で「人類補完計画」の概要が明かされたときの、「何を言ってるんですか?」となる感覚が近い。しかし、本作の場合、アリスを仮想現実に閉じ込めた黒幕の一人であるアリスの夫・ジャックの動機は、そういった高度にSF的なものではなく、非常に幼稚なマッチョイズムである。仕事で成功してバンバン稼ぎ、家に帰ればいつも着飾った妻が料理を作って迎えてくれる、さらにはしたいときにはSEX仕放題。そんな生活が理想なのに、現実は自分にはろくに仕事がなく、妻が忙しく働いて稼いでいる。そんなの許せない!という非常にしょうもなく身勝手ながら、そんなに珍しくもない有害な男性性によって、ジャックはアリスを仮想現実に押し込めてしまう。こういった嫌に現実味のあるジャックの動機が語られることにより、現実世界で高度にSF的な仮想現実移送マシンが登場しても、観客の関心がそこにあまり行かず、アリスとジャックの関係性のサスペンスに目が向く。そのため、本作では作品全体を貫く謎が明かされても、作品のリアリティラインのズレがさほど気にならず、テンションが落ちないのである。そして、種明かしを経て、派手なカーチェイスになだれ込み、そのままラストまで駆け抜ける。終盤の観客の心理のマネージメントが非常に上手く行っている作品と言えるだろう。個人的には種明かしまでのペースをもう少し早めたうえで、ラストのもう少し先まで描いてほしかったなと思うところだ。
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