魅力的な演者達と上手い演出で感動的なエエ話を観た気にさせられるが、落ち着いて考えると自己中心的で利己的な、本当に自分の事だけしか考えていない主人公の自分勝手さ加減に嫌な気分になって来る。
彼が求めるのは自分の救済だけ。娘が許す許さないとか全然関係ないのだ。そこには他者は存在しない。何処まで行っても自分しかない、圧倒的な利己空間。だから彼は娘がメモ帳に書いた書き散らかしに勝手に韻と律を見出して悦に入っている。自分が残した物が有益だ(娘には文学の才が有る)と思い込みたいから。
娘が頼んだレポートに、迷惑も考えず彼女が子供の頃に書いた「白鯨」の感想文を忍び込ませる。あ〜なんか素敵〜と自分に酔っているだけ。
しかしそういう人間はもう一人存在していて、宣教師も勝手に解釈して勝手に救われて行く。娘の行動を(どう考えても悪意だろうに)勝手に解釈して勝手に救われる。そもそも彼が誰かを救いたいと思ったのも自己満足だ。
つまりディスコミュニケーションの話なんだろうし、それは理解し合えないという事ですら無く、理解する気もない、他者は自分が幸福感を感じる為にそれを求めた時にだけ必要な道具でしかないという事だろう。とても寒々しい気持ちになるアロノフスキーっぽい映画だった。
演者は皆良かったが、話が変だし最後はコメディとギリギリの感じだったよ。はい!今逝きました!って感じで。