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ハッチング―孵化―のYUMIのレビュー・感想・評価

ハッチング―孵化―(2022年製作の映画)
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「似ている作品」の項目のトップに「ブラック・スワン」があったのに大納得。私も、観ている途中から「ブラック・スワンみたいだなーと感じてたから。
設定やストーリーは全然違うんだけど、一番の共通点は「どちらも心理学の教材に使えそう」って所。特に女性心理ね。
まず映し出されるのは、美しい母親と優しそうな父親、可愛い娘に、ちょっとトロそうだけど素直そうな息子。美しく整えられた家に住み、庭の手入れも行き届き、絵に描いたような幸せ家族の姿。
でも、母親がその様子をネット配信してるってあたりに、逆に「闇(病み)」か感じられたりもする。
だって本当に幸せで満足していれば、敢えてこんな「リア充」アピールする必要ないですからね。
母親の闇は、冒頭で窓から飛び込んで来たカラスを躊躇いもなく殺すシーンに現れている。家の中を荒らし、美しい調度品を壊したカラスを許せなかったんだろうなと。
しかしそれを見た娘は、放してやればよかったものを、という憐れみや罪悪感を感じていたのしょう。
ゴミ箱に捨てたはずのカラスがいなくなっているのに気づき、夜の森を探すうち、死にかけているカラスを発見。苦しんでるのを見かねて留めを指してやるのですが、そのカラスが執念で生きようとした理由が、巣に残された卵であった事に気づき、その卵を持ち帰って孵化させてやろうとする。
しかし卵は卵のままどんどん大きくなり、この辺りからホラーというか、超自然的な展開を帯びてくる。
さてヒロインのティンヤは体操選手なのですが、かなりイイ線行きながらも肝心な所で伸び悩んでる。
どうもこの体操で大会に出ること(そして優勝する事)に拘っているのは、ティンヤ自身よりも母親の方らしい。
この辺が「ブラック・スワン」っぽかったですね。
あちらのヒロインはバレリーナでしたが、彼女の母親もかつてバレエをやっていて、出産を期に引退したとかで、自分が叶えられなかったプリマの夢を、過剰なまでに娘に託していた。
ティンヤの母親もかつてスケート選手だったようで、やはり自分が果たせなかった夢を娘に託している様子。
それ自体はよくある事だと思うし、決して悪い事ではないとは思う。ティンヤもママの期待に応えようとひたむきに頑張っている。
しかし、ある日早めに練習を切り上げて帰宅はしたところ、母親が出入り業者の男とキスしているところを見てしまう。
ここから母親の身勝手さが暴走を始める。
なんとこの母親、男との関係を隠したり恥じたりする様子もなく、娘に全て話し、「女同士の秘密よ」などと都合の良い事を言って娘を不倫の共犯者にしてしまう。
それまで母親にとっての良い子として振る舞い、それが一番いいことだと信じていたティンヤの心に、初めて疑問が生まれるーーそれは同時に彼女に自我が芽生え始めた瞬間だったんでしょう。
ティンヤの涙が、成長し続けた卵を濡らした時、殻が割れて奇妙な生き物が誕生する。
ここで私が思い出したのは、随分昔に読んだ瀬川乃梨子って人の描いた「孤独の声」とかいうマンガ(タイトルはうろ覚えなので間違ってるかもしれません)。
コンプレックスの強いヒロインが、ある時巣から落ちたヒナを拾って育てようとするんだけど、そのヒナはいつまで経っても羽毛が生えず、鳥肌をむき出しにした不気味な姿のままサイズだけがデカくなっていくんですよね。多分それは、肥大していく彼女の劣等感や孤独の象徴だったんだろう。
それにも似た、羽のない鳥のような化け物を、最初は怖がったティンヤでしたが、自分に甘えてくる姿を見て、この子を守ってやらなければと思う。
しかし、その時からティンヤの周りで不穏な事が起こり始める。
隣に越してきた美少女の飼い犬が無残な死体となってティンヤのベッドで発見される。この犬は
垣根ごしに初めて紹介された時、ティンヤの手に噛みついたんですよね。
それだけならまだしも、この隣の美少女、ティンヤと同じ体操クラブに入ってきて、しかもかなり上手い。大会に出られる最後の一枠を巡るライバルとなるわけで、こうなってくると、次に彼女が狙われるのも時間の問題。
さて、このあたりで映画オタクの悪い癖が出てしまい、私は物語の結末を先に予想しておりました。
私の予想としては、あの鳥の化け物みたいなのは本当は存在していなくて、自我に目覚め始めたティンが無意識のうちに手を下しているのではないかと。
それが証拠に?鳥の化け物(後にアッリと呼ばれるようになる)はクチバシが剥がれ、長い髪も生えてきて、だんだんティンヤ本人にそっくりになってくる。
私がこんな風に予測してしまったのは、明らかに「ブラック・スワン」やエドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン(影を殺した男)」、往年の名作SF「禁断の惑星」などの影響ですね。主人公が善意と悪意に分かれてしまうというパターン。
ま、結論から言いますと、予想は見事に外れて、体操のレッスンからの帰途、ティンヤが母親の車に乗ってる時にライバル少女がアッリに襲われて重症を負うという事件が発生します。
しかしアッリの暴走以上にもっと酷いのは母親の方。
なんと、恋人と過ごす家にティンヤを同行するのです。ここまできたら狂気の沙汰だけど、妻の浮気になんとなく気づいていながら何も言わない…どころか、むしろ推奨してる様子の父親も異常ですね。
どうもこの父親、オタクというか、家族も含めて人間に関心も愛情も持たない人みたい。それでも仕事は真面目だし、家の中のこともやってくれてるから、ある程度歳取ったら、こういう人と暮らすのが一番気楽で幸せなんじゃないかと思います。
しかし母親は承認欲求の塊で、常に称賛されていたい女だから、こんな夫が物足りなかったんでしょう。目の下に貼り付けた金色シワ取りパックが、彼女の虚栄心を象徴していましたね。
で、ティンヤが半ば無理やり連れて行かれた母親の恋人宅には、一人の赤ん坊がいました。なんでも彼氏の奥さんは、この子を産んですぐに亡くなったそうで、ティンヤの母親はこの子を「たった一人のお姫様」なんて呼んでベタ可愛がりしている。
母親自身が気づいていたからどうかはわからないけど、彼女にとってこの赤ちゃんは、愛情薄い夫や、夫そっくりで取り柄のなさそうな息子、そして体操で伸び悩む娘に代わって、新たな希望の星だったに違いない。
その赤ちゃんに対する嫉妬というか、このままでは家族が壊れてしまうという危機感を、母親より賢いティンヤは当然覚えたのでしょう。
そして同時に、自分の分身であり、抑えてきた感情の爆発を肩代わりするアッリの次の標的が、この赤ちゃんである事を予想したティンヤは、大会で家を空け、その間アッリを残して行くことを恐れ、赤ちゃんも大会に連れて行く事を懇願するのですが、それも叶わない。
しかし自分とアッリの身体が連動?している事に気づいたティンヤは、試合中にわざと平行棒から落下して手を負傷。ちょうど同じ時に赤ちゃんに襲い掛かろうとしていたアッリの手からも斧が落ちます。 
すんでのところで赤ちゃんは助かりましたが、母親の彼氏にしっかり目撃されていました。
今やティンヤそっくりの姿になったアッリが逃げ去るのを見て、当然彼はティンヤの仕業だと思い込んでしまう。
試合から戻って来たティンヤと母親は、激怒した彼に追い返されます。
娘は試合に負け、恋人にも捨てられた母親はヒステリーを起こし、それでも対面だけは大事なのか、バッチリ化粧した姿をネット配信。
何日もかかってダラダラ書いてたらすっかり長くなっちゃったので、ここからははしょりますが、ティンヤはアッリをなきものにしようと争ううち、誤って母親に刺されてしまうのですね。
前出の「ウィリアム・ウィルソン」にしても「ブラック・スワン」にしてもそうなんだけど、こういう、一人の人格が善と悪に分かれて存在する場合、どちらか片方が死ねばもう一方も死ぬってのがお約束なのですが、アッリは元々森の中で見つけた卵から孵った生命だから、あくまでも実在するんですね。
この頃にはすっかりティンヤそっくりになったアッリを見て、目を母親が一瞬、目を輝かせたように見えたのが怖かった!
アッリをティンヤに仕立て上げて娘殺しの罪を逃れるだけでなく、この新・ティンヤなら、出来の悪かった娘はと違って、今度こそ私の虚栄心を満足させてくれるかもしれないと思ったんじゃないかなと。なんせ元々鳥だから、宙返りもジャンプも思いのままで、すごい体操選手になる可能性あり?www
このあたりは林真理子さんの「下流の宴」を思い出しました。自分の思い通りに育たなかった子供たちに見切りをつけ、最後は娘が産んだ子供に期待をかける女が主人公でした。
この女とティンヤの母親の共通点は自分が空っぽな事。自分では何の努力もせずに家族や他人に幸せにしてもらう事だけを考えている。
そう考えると、アッリという怪物を生み出したのはティンヤの孤独ではなく、あの母親の虚栄心だったのかもしれないなと思いますね。
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