まるこ

はい、泳げませんのまるこのレビュー・感想・評価

はい、泳げません(2022年製作の映画)
5.0
海洋ドキュメンタリーとファンタジーとどっかりとした人間愛のドラマ。

仕掛けに仕掛けてくる演出に、多数の名言が埋め込まれた脚本、天才的センスの編集。

喪失からの再生という核の物語を
2つの三位一体を組み合わせ描いた傑作。




冒頭、長谷川克己演じる主人公の小鳥遊が水への恐怖心を納豆に比喩して語るとき…。

観客は(イメージショットとして〕元妻の口に納豆を実際に流し込むという演出を見せつけられる。
冒頭3分くらいですよ、これ。

なにこの圧倒的暴力。
しかも元妻役は、なんたることか俺たちの麻生久美子っ!

このショットで私たちは主人公の『水、嫌。』レベルが果てしないものだと体感的に理解させられる。

先制パンチだ。
仕掛けてくる。
この映画、絶対ふんわりハートウォーミングじゃない。油断ならない。

その後、小鳥遊の仕事場である大学の講義のシーンへ。
あらやだ、この人42歳で哲学の教授ってウルトラ出世頭じゃね?屁理屈やらせたらピカイチの上、人間に興味ないと真理の探究はやらないよね。余計に納豆気になるわ。

ここで画面分割のカットが繰り返しなされる。
この演出は安易にやると火傷する。画面二分割だとしたら、情報量は倍、観客は共感を削がれ観察者とされ、さらに言うと重心が倍になった上で全体の重心をとる必要があるからだ。画郭もかわるしな。

なのに、全部すげえの。脱帽なの。
何一つ削がれねえよ。
しかも、この画面分割はラスト、決定的な映画表現の場になるという…。
小鳥遊はいつもどこの枠にいるかに注目しておいたらいいかも。

(『桐島』はじめ、編集の日下部さんほんと天才です。彼の編集は映画に風を与える。しかも風使い的に自由に強弱操れる。魔人かおっかねえ。)

その後、水恐怖症でカナヅチの小鳥遊はちょっとしたきっかけで綾瀬はるか演じる、しずかというコーチのもと初心者水泳教室に通う。

水泳シーンは海洋ドキュメンタリーを観ている感覚に陥る。生き物を観察して捉えるような。カメラワークの妙が冴え渡る。

そして水泳を通して、思考から体感への移動、体感から思考への移動。
物語は目まぐるしく転換する。

そして明らかになる小鳥遊の過去。

そうだ、水泳って(基本的に)前にしか進めないんだよね。時間の不可逆性と一緒なんだ…。

呆然とするなか、女神のように綾瀬はるかが言い放つ。『生きるんじゃないんです、生きちゃうんです。』

しずかコーチは愛の人だ。
人が人を愛で包み込む瞬間をみる。社会的立場や年齢は逆転し、母と息子のよう。
宗教画かと思った。

他のレビュアーさんが書いていらっしゃって膝を打ったけど、綾瀬はるかは「ベルリン天使の詩」のピーター・フォークであると。
正にその通り。


初日に観に行ってよかった。

一点だけ、僧侶のメタリカは、(四天王なら)スレイヤーの方が良かったと思います。

映画好きにはおすすめです。
まるこ

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