るるびっち

かがみの孤城のるるびっちのレビュー・感想・評価

かがみの孤城(2022年製作の映画)
3.9
居場所のない子供たちが、孤城というファンタジー空間で癒しを受ける話。

7人の子供たちは、1年近く一緒に居るのに深く互いを知らない。
何故深く話し合わないのかといえば、学校に馴染めない彼らはそれぞれ辛い秘密を抱えており、それを知られたくないので相手の秘密も聞かないという設定らしい。
成程、今時の子供はそんな感じかと認識を新たにする思いだった。
だが、その設定は最後のトリックを隠すためのものでもあるようだ。
話し合えば、互いのズレに容易に気づくはずだから。

『トリック隠し』のために深く話し合わない子供たちを設定して、それを構成の都合ではなく、今時の子供のメンタルとして観客をミスリードしているのが達者だなと思った。

最後のトリックで、選ばれた7人の居場所が解る。それで感動させる仕掛けだ。長く話せば、言い回し等でネタバレしてしまうだろう。
むしろ早目にネタバレして、それぞれの会話のすれ違いを楽しんだ方が良かった気もする。
だがそれでは、ラストの感動が薄れる。
しかし伏線は張っておきたいし、出しすぎるとバレちゃう・・・
作り手の苦労が偲ばれる。

子供たちは居場所が少ない。殆ど『学校』と『家庭』しかない。
その二つが居辛ければ、逃げ場がなくて苦しい。
だから孤城は、彼らにとって格好の救いの場だ。
子供たちは視野が狭い。今抱えている苦しみが、絶対的なものと思う。しかし学校なんて三年経てば終わる。
大人になれば居場所は更に広がる。三年待たなくても、他の居場所を作れば良い。
だがそうした俯瞰的な見方は、子供時代にはできない。
だからこそ自分の悩みが、普遍的な物と解るラストは救いだ。
それをトリックのために、伏せている作者は意地悪でもある。

もう一つ違和感があるのは、『連帯責任』というフレーズだ。
とても日本的で、全体主義な思想だと思う。
日本人特有の同調圧力も、これが絡んでいる。
そうしたものに馴染めないから、学校や家庭で孤立しているのではないのか。
せっかくの救いの場でルールを破ると連帯責任とは、テーマと反する気がする。

けれどトリックのお陰で邦画特有の、人物の過去やら履歴やらのウダウダした話を余り聞かなくて済むのは良かった。
それらはクライマックスで映像フラッシュ処理されて、あまりクドく無かったし、謎解き感があった。
だって7人も居るのだよ。
7人分の不登校になったトラウマを聞かされるのはしんどい。
トリック重視のお陰で、彼らは秘密を語らないから、クライマックスまで先延ばしになったのだ。
普通の展開なら、7人分のトラウマを聞かされただろう。
トラウマ描けば人間を描いた気になっている、邦画・ドラマのウザいところが嫌いだ。
もし孤城に70人居たら・・・ゾッとする。それが日本映画。
るるびっち

るるびっち