くまちゃん

仕掛人・藤枝梅安2のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

仕掛人・藤枝梅安2(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

池波正太郎が生み出した秋山小兵衛、長谷川平蔵と並ぶ人気キャラクター藤枝梅安。
「剣客商売」の秋山小兵衛は天下無双の老剣客であり「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵は火付盗賊改方長官。
武士や侍にフォーカスし、剣戟や武士道に比重を置いた勧善懲悪ドラマが王道の時代劇において「剣客商売」も「鬼平犯科帳」もそのカテゴリーに属する。
しかし、「仕掛人・藤枝梅安」は刀の代わりに針を持つ。昼間は患者を救うために針を刺し、夜は標的の命を断つために針を刺す。

良いことをしながら悪いことをする。
池波正太郎が通底して描いたのは人間の欲と業の深さ。江戸の市井というフィルター越しではあるが、普遍的なテーマ性故、現代に生きる我々の心に深く突き刺さる。

前作のクリフハンガーから今作は彦次郎の復讐譚だと想像していたが、話はそれほど単純ではない。これは江戸をアウトロー目線で捉えたヒューマンドラマだ。
人と人とを繋ぐ運命の糸は複雑に絡み合い互いに作用しながら悲劇的な坩堝へと淪落していく。

京では無頼の浪人集団が非道の限りを尽くしていた。ならずもの達を束ねる井坂惣市は酒、金、女を奪い、欲望のままに他人を切り捨てる。その男は過去に彦次郎をいたぶり、眼前でその妻を慰み者にした。武力に秀で、彦次郎の意識を刈り取ることなど容易だった。が、それをしなかった。彦次郎に妻が襲われてる現場を見せるために。
若夫婦に訪れた不条理な悲劇はどれほどの苦痛であったことか。妻は心を壊し、幼い子供を道連れに首を吊った。
一人で逝くにはあまりに寂しかったのだろう。
この暗い過去は彦次郎を仕掛人へと誘った。
井坂への仕掛準備を進める梅安を眼光鋭く睨めつける男がいた。

井上半十郎。

彼は梅安を恨んでいる。殺したいほどに。

かつて藤枝梅安は井上家へ鍼医者として訪問していた。その中で梅安は井上の妻るいと男女の関係になる。それはいつしか井上の知ることとなり梅安は屋敷を追い出される。ある日るいは梅安を訪ね共に死のうと提案してくる。
襲ってくるるいを静かに手にかける梅安。その時に使ったのが商売道具でもある鍼だった。
死亡した状況と鍼を刺した痕跡から梅安の仕業だと確信した井上は以来敵の足跡を追っている。仕掛人として裏稼業に手を染めながら。

一方では敵として追い、もう一方では敵として追われる。

一作目では梅安と妹に訪れた悲劇と彦次郎の盗賊だった過去を、今作では彦次郎に訪れた禍難と梅安の過ちをそれぞれ対になるように描かれている。

井坂の暴虐非道な振る舞いの連続に対し、合理的かつ画的に地味な仕掛は、昨今のエクスタシー重視の迫力あるアクション映画とは一線を画し味わい深い。

井上の襲撃を予測し、構える梅安と彦次郎。二人の食す夜食が質素ながら哀愁という名の珍味が隠し味となり非常に印象的。静寂にこだまする咀嚼音が彼らの生への執着を表象しているかのようだ。

井上は遠方へ剣の鍛錬のために家を空けることが多く、るいは孤独を感じていた。その心の空隙を埋めたのが梅安だった。虚無な瞳に宿る孤独の光がお互いに親近感を持たせたのかもしれない。
井上半十郎は妻を憎み、梅安を憎み、己を憎んだ。
やるせない気持ちが彼を闇へと誘った。
一流の腕を持つ井上は武士として侍としていくらでも真っ当な生活が送れたはずである。何がそこまで彼を追い詰めたのか?
井上半十郎は死に場所を求めていたのだ。誰かに殺して欲しかった。
藤枝梅安は自身から妻の心も身体も命さえも奪った。梅安を殺すことが妻の敵討ちであり、梅安に殺されることが妻への贖罪となる。
梅安に敗れた井上は晴れて妻るいの元へ旅立つことができた。もっとも当時は不義密通も殺人も悪とされ死罪だったため、二人は地獄へ堕ちたことになるだろう。

2024年。松本幸四郎を主演に迎え「鬼平犯科帳」が公開される。
今作のラストにおける藤枝梅安と長谷川平蔵が交錯するクロスオーバーは池波正太郎を世界線の単位とした現代的で流行に沿ったアプローチと言え、胸が踊った者も多いはずだ。
これは単なる夢の共演ではなく「仕掛人・藤枝梅安」から「鬼平犯科帳」へのバトンタッチの意味合いが強い。
ただ長谷川平蔵が火付盗賊改方長官を務めたのは1787年〜1795年、一方「仕掛人・藤枝梅安」の時代設定は1799年〜1806年、つまり時代設定にズレがある。そもそも史実通りであれば長谷川平蔵は病に伏せ、1795年に死去しているため作品内ですれ違うことはありえないという事実をここに明記しておく。
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