SANKOU

ザリガニの鳴くところのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

ザリガニの鳴くところ(2022年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

ノースカロライナ州のある湿地帯で、将来有望な若者の死体が発見される。
事故なのか他殺なのか状況が不明な中、保安官は様々な証言に基づいて、「湿地の娘」と呼ばれる孤独な娘の身柄を確保する。
彼女の名前はキャサリン。弁護士のミルトンが彼女の心を解きほぐそうとするが、彼女は固く口を閉ざしたまま証言をしようとしない。
が、ミルトンが一冊の本を渡したことをきっかけに、彼女は自分の生い立ちを語り始める。
彼女は生まれた時からずっと湿地帯で暮らしてきた。しかし彼女にはもちろん最初は愛すべき家族がいた。
しかし父親の家庭内暴力が原因で、初めは母が、そして次々と兄姉たちも家を出ていき、キャサリンは父と二人で暮らすことになる。
やがてその父も彼女の前から姿を消すことになる。
学校にも行かせてもらえず、たった独りの力で湿地の花や虫や鳥たちと共に生きてきたキャサリン。
まだ幼い時に社会から断絶されてしまったキャサリンは、本来なら庇護されるべき存在だ。
しかし時に人は哀れな境遇にいる人間を残酷なまでに蔑み、排除しようとする。
キャサリンに手を貸そうとする人間はほとんどいなかった。
彼女が法廷で頑なに証言を拒むのも、自分を嘲り、差別してきた街の住人への非難の想いが強かったからだ。
しかしキャサリンの日常が常に闇であったわけではない。
テイトという青年との初めての恋。彼といる時間は彼女にとって最も幸せなひとときだった。
彼女があと一歩、外に踏み出す勇気があれば、もしかすると世界は変わっていたのかもしれない。
しかし彼女は湿地から抜け出すことが出来なかった。
そんな彼女に甘い言葉を囁いて近づくチェイス。彼が冒頭で死体となって発見された青年だ。
言葉巧みに口説き文句を並べる男ほど、体目当てに近づいているだけで信用出来るものではない。
誠実すぎるが故に不器用なテイトの方がよほど好感が持てる。
彼は彼女の体を大切にするからこそ、一線を越えようとはしなかった。
キャサリンはとても心の強い女性だと思った。
確かに彼女は心の殻に閉じ籠ってはいる。
しかし彼女は自分の母親のように決して怯えるだけの存在ではない。
彼女は守るもののためには全力で立ち向かう。
これまでの苦労が報われるかのような、彼女のスケッチが出版社に認められ、書籍化することが決まる場面は感動的だ。
そして物語が進むにつれて、観客も彼女がとても感性が豊かで聡明な人物であることを知っていく。
ミステリーの要素もあるが、謎解きはこの映画のメインではない。
時代が1960年代ということもあり、まだまだ偏見や差別が多く、配慮のない言動も色々と気になった。
キャサリンがチェイスに暴行を受けながらも、表沙汰にしようとしなかった背景にも心が痛くなった。
街の人々はキャサリンを湿地で育った野蛮な娘という偏見の目で見ている。
そもそもほとんど物的証拠もないのに、まるで彼女が犯罪を犯すのは当たり前だという体で裁判が進んでいくことにも違和感を覚えた。
これは偏見の恐ろしさを描いた作品でもある。
そして偏見のない目で良識ある判断を下せるかという疑問を投げ掛ける作品でもあるようだ。
正直、観る者の想像力に委ねるようなラストは個人的にはあまり好きにはなれなかった。
真相を明かさないというのは、この作品の世界観には合っているのかもしれないが。
『ザリガニの鳴くところ』とタイトルにはあるが、恐らくザリガニは鳴かない。
そんな場所などどこにもないということか。
それとも自然の声を聞くということの比喩なのだろうか。
ミステリアスで美しい自然の描写がとても印象的な作品でもあった。
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