ワンコ

こどもかいぎのワンコのレビュー・感想・評価

こどもかいぎ(2022年製作の映画)
4.4
【またはなそうねっ!】

そうだ!
大人になってからだって、話し合うことは大切だ。
もしかしたら、一番大切かもしれない。

大人になって、話し合わないで、独断と偏見が威厳を保つ唯一の方法だと信じる人間が増えるから尚更だ。

それに、話し合うこと自体も重要だが、自己表現を磨く上でも大切な気がする。

幼稚園の思い出というかエピソードは沢山ある。

まず、鼻穴をホジホジしたあと指をペロッとして何度も怒られたのを覚えている。いつから、これをしなくなったのだろう。

ある時、お遊戯会で「和尚さんと小坊主さん」という出し物があって、僕が和尚さんの役をもらった。
ひとりの和尚さんに対して、小坊主さんは10人くらい。
たぶん、祖母の実家が市町村合併の前で町で唯一のくらいのデカいお寺だったので、親類の僕が選ばれたような気がするのだけれども、僕は他の子と同じ小坊主さんをやりたくて、和尚さんの役が嫌で嫌でたまらなかった。
親は、主役だと思って喜んでいるように見えたのも嫌だった。
嫌がってる理由も聞いてもらえず、恥ずかしがってるんだと信じこまれて、ずっと頑張って役をこなすようにハッパをかけられていた。
それも苦痛だった。

この作品にもあるように、実際に根気よく聞いてもらえないと理解してもらえないことは子供には沢山あるような気がするのは、自分自身の実体験でもある。

映画の中に、おじいちゃんとおばあちゃんが四人づついるという女の子がいたが、僕にはお父さんとお母さんが2人づついた。

母親が仕事をしていて、小学校の低学年まで、幼稚園や小学校から帰るのは祖母の家だった。
そこには、母の兄家族が、つまり、叔父夫婦と従兄妹たちがいて、僕は、従兄妹たちと一緒に叔父夫婦を、お父さんお母さんと、小学校低学年まで呼んでいて、それを誰もが咎めなかった。

高学年になって、自分で少し変だと気がついて、けっこう勇気がいったけど、おじちゃんおばちゃんと呼ぶようになった。
それを、誰も笑ったり、からかったりもしなかった。
黙って見守ってくれていてのだ。

そういう点で、僕は結構恵まれている。

幼い子供をからかったりする大人は結構いるが、黙って見ててくれたり、話を聞いてくれる人は多くはない。

映画の途中で、ブランコを漕ぎすぎて、高いところから後ろに落っこちる女の子がいたけれども、僕は「あっ!!」と声を上げてしまった。

昔、幼稚園のブランコで、僕の友達が、何度も何度も、大きく大きく、ブランコを漕いで、そして、ついには、空高く勢いよく前方に飛び出した。
そして、彼は、丸まったようない姿勢で足と頭を同時に着地させて、運悪く頭のところに砂場のコンクリートの枠があって、そこに頭を強打して大けがをしたのだ。
つまり、相当な飛距離を彼は”飛行”したのだ。
今でも、鮮明に覚えているが、周りで見ていたり、ブランコ待ちをしていた友だち達は、皆「おおおおーっ!!」と驚きの声を上げていた。
彼は、頭から血をダラダラ流して、救急車で🚑運ばれて、頭を結構な針の数縫われていた。
その傷跡は、その後も三日月型で結構目立った。ただ、頭蓋骨骨折などなく、彼は相当、石頭だったんだということで、彼にはそれに因んだあだ名がつけられた。そして、その後、何十年経っても、彼は、そのあだ名で皆から呼ばれている。

その幼稚園には3組あって、一つは若い先生、一つはきれいな先生、そして、僕のいた組は、あまり美人とは言えない先生だった。最初は他の2つの組の先生が羨ましかったけど、いつのまにか自分の組の先生が大好きになっていたことも覚えている。

勝手なものだ。

他にも沢山思い出はある。
自分も滑り台で大けがをしたが、両親が幼稚園に謝っていた😁
その時点で、自分が悪いことをしたのは分かっていたので、怪我したせいで両親に叱られなくて逆にホッとした。

幼稚園の短い期間でも、なんか思い出満載すぎて……。

感受性が高い時期だから、是非、”またはなそうね!”の精神は貫いてほしい。

最後に、テロップでネガティブな書き込みはやめて欲しいとメッセージがあったが、そんなことを気にしなくてはならない環境なのかと、本当に荒んだ世の中になったもんだと悲しくなった。

頑張れ、子供たち!
ワンコ

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