sora

我々の父親のsoraのレビュー・感想・評価

我々の父親(2022年製作の映画)
3.5
たまたま記事で見かけ、ニュースを見るような気持ちで見始めたら、あまりの衝撃で目が離せなくなった。
以下、ある程度のネタバレを含みます。






Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画。
それは主に1970〜80年頃に起きていた。
不妊治療の権威と謳われた医師ドナルド・クラインが、不妊で悩む女性に自分の精子を注入していたというのだ。

それが発覚したのは、DNA検査やSNSが当たり前になった現代。
自分が精子ドナーによって生まれたと知る35歳の女性が、自分の兄弟が知りたくなってDNA検査で血縁関係を調べたところ、7人もの兄弟姉妹が見つかる。
同じドナーの精子は3回以上は使わないというルールとは話が大きく食い違う。

その後、DNA鑑定会社が提供する家系図によって、次々と新しい兄弟が見つかってゆく。
おそらくこんなに簡単にDNA鑑定ができる未来を、クライン医師は予想だにしてなかったのだと思う。
真実を知った被害者たちの衝撃は想像を絶する。
それまで父親と血のつながりが無いなどと疑ったことすらない人もいるのだから。

彼らはクライン医師に直接会って問い詰めるが、医師には全く罪の意識がなく、「大ごとにするな」「世間が知っても何の意味もないことだ」と一蹴する。
医師と電話のやりとりをした肉声も記録されているが、その鉄面皮ぶりは呆れるばかりだ。

ところが、被害者たちが司法省に訴えてもまったく相手にしてもらえなかった。彼らはなんとかTVのニュースキャスターの協力を得て裁判まで持ち込もうとするのだが......ドキュメンタリーとは思えないほどのショッキングな事実があとに続く。

恐ろしいのは、これが半径40キロ以内の小さな町で起こっていたことだ。
血縁とは知らずに過ごしていた兄弟が同じ地域に何十人もいたのだ。
放置していたら、近親相姦にもつながりかねない事実だ。
勇気を持って顔出しで出演している本人たちは、みな同じ青い眼をしているのが空恐ろしい。
さらに腹立たしいのは、クライン医師が自己免疫疾患を持っていたため、子供たちのほとんどが何からの症状に苦しんでいるということだ。
なのに、著名な医師であり、地元の名士であり、熱心な教会員である彼には支援者も多く、被害者たちの望む法の裁きを受けさせることが非常に難しいのだ。

嫌悪感しかない出来事だけど、
救いなのは、兄弟姉妹と判明した人たちに絆が生まれていること。
そして彼らの努力が実り、このインディアナ州で、ドナーの精子による人工受精が禁止されたこと。(連邦法ではまだ違法ではない)
これからも真実のために闘うという被害者たちの意志と勇気には称賛を贈りたい。
心折れることなく強く生きて欲しいと祈るばかりだ。

その後の調べで、クライン医師のDNAを持つ子供はこれまでのところ94人まで判明している。
しかも驚くなかれ、同じように自分の精子を人工授精に使った医師が、世界各国で44人も確認されているというおぞましい事実。
不妊治療というプライベートな空間の中で、同僚医師や看護師ですら知らずに行われていたという忌まわしい出来事。

医学の発展の裏にこうした闇があることを、知らしめられたドキュメンタリー映画だった。
sora

sora