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ミセス・ハリス、パリへ行くのodyssのレビュー・感想・評価

4.0
【パリの休日】

有名な映画『ローマの休日』は王女様がローマで身分を隠して束の間の恋や自由を満喫するというお話ですが、この『ミセス・ハリス』は言うならばその逆ヴァージョンですね。英国で家政婦をしている庶民女性(夫は第二次大戦で戦死)が、パリに旅して有名なオートクチュール(高級衣服店)であるクリスチャン・ディオールでドレスを買うという物語。つまり、庶民の女の子が王子様から求婚されて高貴な身分になる、というパターンにやや似ているのです。

とはいえ、この映画、第二次世界大戦から十年ちょっとしかたっていない時代を、しっかり描いています。ミセス・ハリスの地味な仕事や質素な住宅も。

憧れのパリは街路にゴミが散乱しているし、フランスらしく政治的なゴタゴタで揺れているし、肝心のクリスチャン・ディオールでは、ちょうど新製品の披露会が行われるところだったのですが、いかにも庶民といったミセス・ハリスは最初は入場お断りの扱いを受ける。この手の会に集まるのは貴族や大金持ちだけ、というのが暗黙の決まり事だからです。しかし、親切な侯爵(妻を亡くしている)がエスコートしてくれて、ミセス・ハリスは披露会に参加することができました。

この侯爵の設定が面白いと思いました。庶民であるミセス・ハリスにとっては、いうならば王子様、或いは王妃を亡くした国王だからです。
ただ、彼がせっかく自宅のお茶に誘ってくれたのに、最後にミセス・ハリスが席をけって出ていくシーンは、ちょっと後味が悪いんですよね。もう少し相手の記憶に優しく付き合ってあげることができなかったのかと首をひねりました。この映画で唯一、脚本にほころびが見えるところです。

ほかにも、クリスチャン・ディオールを末端で支えている店員の仕事ぶりや、一見華やかなモデルの境遇、時代の変化の中でオートクチュールがどうあるべきかという問題など、様々な要素が盛り込まれていて、見応え十分。

ミセス・ハリスは高級衣服店やその店員、或いは客たちの中にあっても決して卑屈にはならず、といって身分不相応の背伸びをするわけでもなく、日頃の庶民的な態度を堂々と貫くのです。ここが、この映画の最大の長所。

店の支配人役のイザベル・ユベールもいい。守旧派として登場しますが、決してありきたりの悪役ではなく、彼女なりの哲学を持っている。戦争の影が生活にさしている点ではミセス・ハリスと同じ。こういう人物を描くことができるところに、制作側の力量がうかがえます。
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