パイルD3

遠いところのパイルD3のレビュー・感想・評価

遠いところ(2022年製作の映画)
4.5
【『大島渚賞記念上映会』】
…というイベントがありまして、招待状をいただいたので行ってきました。

第5回受賞作「遠いところ」(工藤将亮監督)は、昨年の夏にヒューマントラスト系で一般公開されていたと思いますが、公開以降、ずっと話題になっていたので、とても気になっていました。
そんなわけで、東京駅の真正面にある会場の丸ビルホールへ出掛けました。

①「遠いところ」上映
②大島渚監督の「少年」上映
③工藤監督と審査員長の黒沢清監督のトークショーということで、メディアのカメラが入る本格的なプログラムでした。
私はトークショーもものすごく見たかったのですが、私事都合により映画だけ観て退出という超残念な結果になりました。

「少年」は以前観たことがありましたが、車にワザとぶつかって金をせしめる、あたり屋を生業とする少年と家族の姿を追う社会派の傑作です。

そして、本日初見の「遠いところ」は席を立てなくなるくらい、シビアな若い母子の生き様と息遣いまでをリアルな演出で見せる社会派作品…打ちのめされます


【遠いところ】

何故世の中は、命の次にお金が来るのか?
何故こんな順番になってしまうのか?
命の次には人の心があるはず、
気持ちというものがあるはず、
でも、無い。
ならお金が尽きたらどうすればいいのか?
それは…

という究極のメッセージを備えた作品で、
見ている間の息苦しさが並大抵では無かった。

場所は沖縄のゴザ、小さなアパート、
まだ、手のかかる幼い息子がいる。
仕事もせず、妻の稼ぎを奪い取る夫がいる。
生きるため、夫の分も稼ごうと夜の仕事に身を費やす妻がいる。17歳。

その道で行くしかないのか?
他に選択肢はないのか?
こんな外側からの思いが、いかに無力かを思い知らされる。

更に畳み掛けてくるのが、遊び人で短気な夫の暴力性…

離婚することにたどり着けない17歳という年齢、早くに子供を作ってしまい、何とか3人で真面目に生きるつもりで始めた夫婦生活であったに違いないと思うが、おそらく初期設定の段階で何かに亀裂が生じたのだろう。
そこで修正出来なかったところから、崩壊というものは始まる。

次々と彼女に襲い来る負の連鎖、歯車を狂わせるのはどこまでも“お金“。
この不快感、この地獄図、
冷静ではいられない観客に、そこに生まれる社会憎悪とメンタル崩壊までを見せる。
これには思わずひるんでしまう。

何があっても、どんな時代でも、 
政治が狂っていても、天地が歪もうとも
女性、子供を路頭に迷わせてはならない、
これは絶対だ。

そんな、人として最大の責任のあり方を振り向かせずにはおかない、強いエネルギーを放射してくる主人公の存在感は強烈だ。
例えようのない強さとひ弱さを同時に見せられる。
こんな不均衡な感覚は他では感じたことはない。

果たして遠いところとは何処なのか?
この大きな問い掛けに、観る人それぞれが答えを出そうとするに違いない。

ただ、何処であろうと、
一番大事なものが何かを予感させる、きらめくような一瞬を見せた終幕の呼吸は絶品。

近いところからすべては始まるのだ…


【工藤監督のこと】

工藤将亮監督は83年生まれ、長編デビューして3作目がこの「遠いところ」、
また1人、人間を鋭角で見つめる視点と技量を持つ映像作家が現れた。
今後、更に大きなところを狙える力を存分に見せつける作品だった。

若い俳優たち、特に主演の花瀬琴音の新人とは思えない迫力ある演技には圧倒された。
まだ21歳というのも衝撃。
工藤監督と共に注目すべきスゴい女優です

【高校生の招待】

…という枠が準備されていて、制服姿の学生さんたちも見受けられた。私の側にいた女子高生は、過激な展開や辛辣な暴力と性描写に動揺したのだと思うが、ずっと泣いておられた。

いつもなら、私はボロッといってしまう揺さぶられるシーンがいくつもあったが、この学生さんの年齢で作品を受け止め切れたのだろうか?と気になって、何故か責任みたいなものを感じて涙を食い止めた。
それでも、毎度涙と名コンビの私の鼻水は、正直な反応をしてしまっていた。

 
※先日観た『ゴールド•ボーイ』に引き続き、
物語の舞台が沖縄でした。貧しさから始まるドラマというのも共通点ですが、描かれるものはあまりにも違いました。
日本映画も、愛だの感動だのを大量生産せずに、本気度が少し高くなってきていると実感しています。
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