JiNCHi

そばかすのJiNCHiのネタバレレビュー・内容・結末

そばかす(2022年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

今、この作品に出会えて本当に良かった。
少なくとも数年先くらいまで、この作品は自分の心のお守りになってくれると思う。

主人公の佳純は幸せ者だと感じた。
真帆のように意気投合できて、(真帆は自分がムカついたからと言っていたが)自分のことで本気で怒ってくれる友人がいる。
八代や天藤といった周りの人に信頼され、本音で話せる。
しかし、このような人間関係はラッキーで手に入ったのではなく、佳純が悩み迷いながら様々な決断や自己開示を重ねる中で、自然と共感し合える関係性につながったものなのだろう。特に、佳純が勇気を持って改変シンデレラの紙芝居を敢行し、それがちゃんと届いていた人がいたというエピソードには励まされるものがあった。

人々の喧騒から離れ、砂浜に寝転がってひとときの解放を得ている佳純の姿が好きだ。人間は忙しすぎると自分を見失ってしまうとか、逆に暇を作ると余計なことを考えて病むだとかいろいろ言われるが、自分という個を感じてそれと向き合い、心や体を大事にしようと思えるためにはやはり一人でぼーっとする時間も必要なのではないだろうか。

「他者に恋愛感情や性的な興味を持たない」という佳純のセクシュアリティをめぐって、本作ではあくまでも身近な人間同士のふれあいの中でその無理解や(自己/他者)受容が描かれている。改変シンデレラのシーンや選挙演説妨害笑のシーンには一種の社会性を感じるが、あくまでも当事者やその理解者が自らへの抑圧や無理解を跳ね除ける反作用としての行動にも見える。
母親や妹のトンチンカンな認識や行動もやっぱりどこかコミカルで、脆くも優しさの滲んでいる父親やあけすけな祖母のキャラクターにも温かみを感じた。それと同時に、「理解されないなら切ってしまおう」と単純にはいかないのが人間関係なのだというままならなさを改めて感じた。
目の前の人間関係からはどうしても逃げられないし、お互いに試行錯誤しながら折り合いをつけているのが現実だ。どうしても折り合いがつかず、それでも譲れないものがある場合には破綻という結末を迎えてしまうこともある。破綻はなんとか避けたい、という思いが共通している他者とは時間がかかっても対話していけるのかもしれない。
とはいえ、世の中全体として様々なセクシュアリティや生き方への尊重が広まるべきなのも事実だ。「子どもには『正しい価値観』にまず触れてから多様性に触れさせるべき」というバックラッシュ的な主張を政治家の登場人物が行い、それを真帆たちが乗り越えようとする筋立てからは、マクロな視点がちゃんと感じられる。よくありがちな「結局各々が好きに生きればいいだけじゃない?」というナイーブな方向に絡め取られないギリギリのバランス感覚があった。

今回、人生で初めてパンフレットというものを買った。
インタビューを読むと、アセクシャル当事者の方を監修に入れ、テーマに対して極めて真摯に制作が行われたことが分かる。マイノリティを扱う作品ではテーマの徹底的な掘り下げと調査が重要と思われるが、同時にどういったベクトルで作品作りをするかも重要ではないだろうか。そういった意味では、全編を通して「より多くの人がもっと生きやすくなればいいのに」という目線が感じられ、苦しいシーンも含めて一定の安心感を持って観られた。

私も真帆のような友人が欲しい。
天藤のような友人と気軽に本音で付き合いがしたい。
それらはこれから叶えていくとして、「同じような人がいて、どっかで生きてるんならそれでいいや」という言葉を聞くことができて心が楽になった。それはいつも思っていることではあるけれども、あまりにも実感を得られる機会が少ないがために容易に薄らいでしまうから。

日本よりもシングルの人が生きづらいとも言われる欧米圏も含め、たくさんの人に観られて欲しい作品だ。
JiNCHi

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