SANKOU

ペパーミント・キャンディー 4KレストアのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

1999年春、川沿いで男女のグループがピクニックをしているところへ、背広姿のくたびれた男がふらふらと合流する。どうやらグループのメンバーと彼は顔見知りらしく久しぶりの再会らしい。
思い出話やカラオケで盛り上がるグループのメンバーとは対照的に、男は自暴自棄になっており、気がつくと彼は電車の走る鉄橋によじ登っていた。グループのメンバーは放っておけと相手にしないが、その中の一人の男が男の元へ駆け寄り「キム・ヨンホ」と彼の名前を呼び、降りてくるように説得する。
ヨンホの元に電車が迫ってくる。ぶつかる直前に彼は両手を拡げ「帰りたい!」と悲痛な叫びをあげる。
男の人生に何があったのか、彼が帰りたいと願った時と場所はどこだったのか。この物語は「ピクニック」の章から始まって、「カメラ」「美しい人生」「告白」とどんどん過去を遡って最終的には1979年の秋まで遡る。
章が変わる度に線路を走る列車からの光景が映し出されるが、よく観ると逆回しになっており、こうして観客は時間を遡ることで男の人生を断片的に体験していくことになる。
物語は三日前に遡るが、ヨンホはあるルートから拳銃を手に入れ、自殺を図ろうとしていたことが分かる。妻と分かれ、友人にも裏切られて自暴自棄になっている彼の元へ一人の男が訪ねてくる。
男はヨンホの初恋の相手だったスニムの夫であり、彼女がヨンホに会いたがっていることを伝える。スニムは病気で死のふちをさ迷っていた。彼は彼女との想い出でもあるペパーミントキャンディーをお見舞いに持っていくが、彼女はすでに意識不明の状態だった。会話も出来ずにヨンホは病室を後にするが、スニムの目からは涙がこぼれていた。
スニムの夫は妻から託されたカメラをヨンホに渡す。元々それはヨンホのものであったらしい。さぞかし想い出のつまった品なのだろうが、彼はあっさりそのカメラを売り払い、中に入っていたフィルムも破棄してしまう。
そして時は1994年に遡る。ヨンホは事業に成功しているように見えるが、実は妻は浮気をしており、探偵を使ってその現場を抑える。妻と浮気相手に暴力をふるい、さんざん罵倒するヨンホだが、実は自身も不倫をしている。
家庭は壊れ、彼自身も人として破綻してしまっている。結局彼は家庭を捨てて逃げ出してしまう。
そして1987年。韓国では軍事政権の独裁が続いており、民主化を果たしたのは1990年代に入ってからだ。この頃刑事であったヨンホは学生運動家をつかまえ、拷問を繰り返していた。今では考えられない事だが、韓国ではつい最近まで反政府の革命分子と決めつけた人間に激しい拷問を加え、無理矢理自白させようとしていた。
ヨンホの目には、人を自分の思い通りに従わせることに慣れているもの特有の残忍さが浮かんでおり、事実彼は相手が泣き叫んでも容赦なく暴力をふるい続ける。
そして1984年、軍事政権の真っ只中で、ヨンホは仲間の刑事と共に張り込みをしていた。
スナックで一人飲んでいるヨンホに、ホステスが何故この街に来たのかと尋ねる。
「初恋の相手の生まれた場所なんだ」と彼は答える。
その夜ヨンホはホステスと身体を重ねる。「私を初恋の相手スニムだと思って、何でも悩みを
話してごらん」とホステスは優しくヨンホに語りかける。
彼はそれには答えず、ただ涙を流すばかりだ。
ホステスの女と朝食を食べる約束をしていたヨンホだが、突如潜伏していた反乱分子の男が現れ乱闘になってしまう。
いつもの精彩さがなくうろたえているばかりのヨンホ。仲間の刑事からは「たるんでいるぞ」と戒められてしまう。
女との約束を果たせないまま犯人を護送する車に乗り込むヨンホ。
女はヨンホが現れるのを待ち続けている。
時はさらに遡り、刑事になったばかりのヨンホは初めて拷問を任される。嫌々ながらも彼は容疑者に暴力を加えるうちに歯止めが効かなくなってしまう。
スニムと再会を果たしたヨンホはどこか彼女によそよそしい。長年の夢であったカメラをスニムから贈られるも、結局それを返してしまう。
何かが彼の中で壊れたのか、同僚が盛り上がっている宴会の席に自転車で乗り込み、一人一人性根を叩き直してやると言わんばかりに暴力を浴びせる。
後の彼の残虐な性格が、この時に生まれたかのようだった。彼は泣き叫ぶ飲み屋の娘で、後に妻となる女と一夜を共にするが、どこか晴れない表情だ。
1980年、光州事件のあった年で、韓国全土に戒厳令が敷かれている中、スニムはヨンホに面会に訪れるが会うことは出来ない。
この頃のヨンホはいかにも新米という感じで、おろおろしていてとても気弱だ。
彼は上官にせかされてペパーミントキャンディーを床にばらまいてしまうが、拾うことも許されない。それはスニムが彼に手紙と共に送ったものだった。
逃げ惑う民衆に発泡する軍隊の人間。ヨンホもその中の一人だ。同じ韓国人を撃たなければいけない悲惨な状況。
彼は「靴に水がたまって動けません」と発破をかけにきた軍の仲間に弱音を吐く。実はヨンホは足を撃たれており、靴に溜まっているのは水ではなく血だった。
怪我をしたことも原因だが、おそらく彼にはこの理不尽な状況が耐えられなかったのだろう。
彼は迷いこんできた一人の女子高生を逃がそうとするが、仲間が集まって来たことに動揺して、誤って彼女を撃ってしまう。
悲痛な叫びをあげるヨンホ。彼の中で何かが壊れてしまった瞬間でもあった。
そして1979年の秋。
冒頭と同じ場所でのピクニックの様子。スニムと出会い写真家になる夢を語り、彼女からペパーミントキャンディーをもらうヨンホ。
争いもない平和な光景。ヨンホは一人河原を歩き、草花が咲き誇る野辺に横たわる。
幸福に満ちた顔。ふとその目から一筋の涙がこぼれる。
時間を遡っているようだが、この場面は彼が死の間際に見た走馬灯だったのかもしれない。
彼が帰りたかったのはこの場所だ。時間を遡っていくので、後になって一つ一つ謎が解けていく。どうして彼が破綻した人間になってしまったのか。
最初はとんでもない男でまったく感情移入出来なかったヨンホだが、元々の人間性が分かるにつれてどんどん切ない気持ちになっていった。
激動の時代だった1980年代、軍事政権下の韓国がいかに一人の人間の人格を壊していったかを見せられているようでもあった。
1994年、刑事を辞めたヨンホがかつて自分が拷問していた男と再会する。
その男は日記に「人生は美しい」と記していた。彼は拷問の時にもその言葉の真意を男に尋ねていた。
「人生は美しいのか」と。そして男と再会した時にヨンホは「人生は美しい」と彼に答える。
最後までこの映画を観た時に、この言葉が重く響いてきた。
確かに彼にとって美しい人生は存在していた。しかしもうその時代に戻ることは出来ない。
良く出来たシナリオだと思い、後からもう一度観直してじっくり噛み締めたい映画だと思った。
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