Eyesworth

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしいのEyesworthのレビュー・感想・評価

4.7
【取り囲む耳たち】

大前粟生の同名小説を映画化した、金子由里奈監督の2023年の作品。

〈あらすじ〉
都のとある大学へ進学した七森は、いわゆる男らしさや女らしさというものが苦手だった。 七森は、ぬいぐるみに話しかける活動を軸にする“ぬいぐるみサークル”に入る。 心優しい部員たちと親しくなっていく中で、七森は同じ部員の麦戸美海子に淡い恋心を抱く…。

〈所感〉
ぬいぐるみを作って愛でる集まりなんかは実際にも探せばあるのだろうが、本作のぬいサーのようにぬいぐるみと話すことだけを目的とするサークルは無いだろう。このほのぼのしたサークル内での絶対的ルールとして、「他人がぬいぐるみとお喋りをしている時はイヤホンなどで話を聞かないようにする」というものがある。相手は心を持たない人形であり、あくまでそれは自己完結的な語りである。それでも、彼らにとっては誰かと話すことにカウントされるのだろう。生の人間と話す時には話の聞き手が傷付く可能性もあるし、嫌な話を聞かせられる可能性もある。我々が普段行う大抵のトークは無意識に加害者と被害者を生んでいる。そんな言葉のナイフによる傷付け合いに参与することを拒んだのが彼らなのだろう。主人公の七森も麦戸ちゃんもあまりにも心の感度が高く、ナイーブで生きていくのが辛そう。それでもクライマックスには初めて等身大の生身の自分同士で対話することを選んだのがウルっときた。そして本作に欠かせない存在なのが白城ちゃんであり、彼女はティザービジュアルでも一人だけ目線をこっちに向けていることからもわかるように、ぬいサーには属しているが、結局最後までぬいぐるみと話すことはない。彼女は有害の世界(学祭実行委員)と無害の世界(ぬいサー)のどちらの世界も肯定しているようだ。そして、いつか七森や麦戸ちゃんがこっちに戻ってきたときに手を差し伸べてくれるという希望をラストで見せてくれた。映画としては少々展開に乏しく、人物描写ももうちょっと深く描いてくれたらもっと楽しめたかもしれない。でも、本作はこの静けさと躊躇いがちな冗長さがちょうどよいのかも。
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