ジミーT

夜霧よ今夜も有難うのジミーTのレビュー・感想・評価

夜霧よ今夜も有難う(1967年製作の映画)
5.0
「和製カサブランカ」。リメイクかオマージュかリスペクトかパクリかパロディかインスパイアか換骨奪胎のどれか、あるいはその全部なのですが、「カサブランカ」より完成度が高いんです。

以下、俳優名で書きます。
スミマセン。

1.「カサブランカ」における問題点

元ネタの「カサブランカ」ですが、ドラマを牽引するのはハンフリー・ボガート、イングリット・バーグマン、ポール・ヘンリードのメロドラマですよね。つまり「ボガートとヘンリードの間で揺れ動くバーグマンの心」であるはずなのですが、これが「揺れ動くバーグマン」ではなく、「天秤にかけてるバーグマン」にしか見えない時がある。そうなると、彼女の為に奔走するボガートまでバカに見えてしまうんです。これが歴史的名作「カサブランカ」最大の弱点なんです。何故こうなったのか。

以下にその原因と「夜霧よ今夜も有難う」における解決策を記します。

2.「カサブランカ」問題点の原因

考えられる原因は以下三点です。

①再会と過去の説明のバランス

「カサブランカ」ではボガートとバーグマンが再会するまでに約30分の時間を要し、再会後にパリ時代の回想が入ります。さらに当時のカサブランカの状況説明を交えて進行する為、再会後にバーグマンの心を「揺れ動く」レベルまで熟成させるにはフィルムの長さがとれなかったのではないか。

②ヒロインの隠し事

パリでボガートと知り合った時、バーグマンはすでにヘンリードと結婚していて、それを隠していました。だからボガートと一緒には行けなかった。この事実は再会後にバーグマンの口から語られますが、こりゃあんまりだ。これじゃいくらボガートでも耐えられるわけがない。よほど注意して描写しないとこの状況下ではバーグマンがズルい計算女に見えてしまう危険性は充分にあります。ましてや1点目の通り、フィルムの長さがないのですから。

③場所と時代背景

1941年のカサブランカは戦争を背景に物情騒然。国威発揚映画としてはそこも描く必要があるでしょう。その描写がボガート、バーグマン、ヘンリードのラブロマンスに寄与している部分は確かにあります。しかし使えるフィルムにも限りがある。この3人の心に寄り添って、このトライアングル・ラブを描きこむには充分ではなかったかもしれません。

以上三点が「カサブランカ」最大の弱点なのですが、「夜霧よ今夜も有難う」はこの三点を見事に解決しています。

3.「夜霧よ今夜も有難う」における解決

① 再会と過去の説明のバランス

石原裕次郎と浅丘ルリ子の過去に何があったかということを短いアバンタイトルからオープニングロールまでで過不足なく描いています。この描写は実に鮮やかで、しかも2人の再会シーンまでがわずか15分前後。従って、余計な回想描写は不要となり、その後のフィルムを石原裕次郎が気持ちの折り合いをつける時間と、浅丘ルリ子の心が「揺れ動く」レベルに育つまでの描写にじっくり使うことができ、ラストの「僕たちは1500回の昼と夜を取り戻した。これでいいんだ。」という台詞が超絶的な名台詞として生きてくるんです。

②ヒロインの隠し事

浅丘ルリ子の過去には男がいませんでした。あくまで恋人石原裕次郎1人だった。あるアクシデントが原因で二谷英明と知り合い、石原裕次郎との約束の場所に行かれなくなるという設定なんです。これは大きい。
つまり石原裕次郎のもとに駆けつけようとした浅丘ルリ子に隠し事はなく、文字通り「運命に翻弄される女」になったんです。
再会後に話を聞いた石原裕次郎にしてみたら確かに納得はできないでしょう。しかし理解はできるかもしれない。浅丘ルリ子を赦すという心の折り合いに自然に持ち込みやすい設定なんですね。
このアクシデント自体は「冬ソナ方式」「銀恋方式」(注)ですので濫用禁物ですが、使い方次第では絶大な効果を上げるという好見本です。

③場所と時代背景

1941年のカサブランカに対し、こちらは1967年の神奈川県横浜市。それも神奈川県横浜市中区のごく一部です。当時の横浜港近辺をコラージュし、石原裕次郎のムード歌謡で幻想のミナト・ヨコハマを創り出す。それ以上の説明は必要ありませんし、していません。
かくして幻想の無国籍風ミナト・ヨコハマで、拳闘選手をめぐるサイドストーリーも、ギャング団との抗争も、「ムード・アクション」として石原裕次郎、浅丘ルリ子、二谷英明の心に寄り添うことに寄与させることができたのです。

リメイクとは、元ネタが名作の評価が固まっていればいるほど作りにくいとは思います。しかし「夜霧よ今夜も有難う」が「カサブランカ」のリメイクとすれば、上記のような「改良」により、名作である元ネタをを超えてしまった稀有な例として映画史に残る傑作となりえたのです。

(注)
冬ソナ = 冬のソナタ
銀恋 = 銀座の恋の物語

追伸
この映画を1950年代の香港を舞台にして、ジョン・ウー監督、チョウ・ユンファ主演でリメイクして欲しい。
「カサブランカ」ではなく「夜霧」を、です。舞台となる酒場の名前は”Cafe Suzie Wong”で決まりです。

追伸2
石原裕次郎と懇意の刑事を演ずる佐野浅夫は、その風貌が何となく元ネタのクロード・レインズに似てるので笑ってしまいました。ラストの「鍵返せよ。」名台詞。

追伸3
今風にいうと、いわゆるツッコミどころはある映画ですが、世界観が完成しているので気になりません。
ただ、演出上の問題点としてひとつだけ。あれでは山下公園の氷川丸がシンガポール行きのぶらじる丸に見えてしまうぞ。
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