実在のボクサー、エミール・グリフィスを描くオペラ。望みであった帽子職人ではなくボクサーの道を歩かされ、そこでの過剰な男性性に適応せざるを得ず、同性愛者である内なる自分と外の自分に引き裂かれながら彼は生きた。
母のため、また地元にいる親類のために自分を偽りながらボクシングで稼ぐエミールだったが、ある試合でエミールは相手選手のパレットを死に至らしめてしまう。試合後、昏睡状態に陥ったパレットにエミールは一度も面会できず、本人への謝罪ができないままはパレットは死亡。それはボクサー引退後に認知症となった今もエミールの頭のなかに苦悩の闇として居座り続ける。
リング上でダブルバインドに縛られ周囲から囃し立てられるところは見ていて本当に辛かった。
幕間のインタビューでテレンス・ブランチャードが「(祝いの場で)自分は妻とともに喜ぶことができる。でも彼はそうではなかった。愛する人と本当の自分でいることを許されなかった。そのようなことはもうあるべきではない」と短くも力強くこの作品の意義を語っていた。
テレンスの「Fire Shut Up in My Bones」でも主人公の母を演じていたラトニア・ムーアが今作でも主人公の母として舞台に立っているんだけど、彼女の歌声は本当に素晴らしくて一度聴いたら忘れられない。
肝心の試合シーンは、まずダンス振付で構成、それから元ヘビー級ボクサーの動作指導を加えて完成したそう(幕間のインタビューより)スピードよりもボクシングの型をしっかり見せるものだった。照明など場全体の雰囲気から、パンチが決まった時は出﨑アニメの止め絵みたいだ〜とか思ったり(神々しい)
群舞もいくつかあってどれもエネルギッシュで素敵です。あとゲイバーでキャシーとエミールがデュエットするあたり、良かったですねー。彼の性格とか素顔が垣間見えるシーンだったし。
しかし若エミール役のライアン・スピード・グリーンが、ボクサーらしくなるために30kg減量しましたとインタビューで語ってて、ヒイィ…となりました。にこやかに30kg(重い)
(個人的メモ)
「チャンピオン」はセントルイス・オペラで2013年に初演、その後METで「Fire Shut Up in My Bones」が2021年初演、今回の「チャンピオン」はMETでの再演(初演からボリュームを増したり変わっているそう)