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aftersun/アフターサンのFancyDressのレビュー・感想・評価

aftersun/アフターサン(2022年製作の映画)
5.0
まず、鑑賞後の第一印象は、なんとも変な映画。

私はポスターのデザインと惹句以外は、事前に全く予備知識を入れずに本作を鑑賞したわけだが、本作のポスターの印象から、どうせ、父と娘のひと夏の思い出スケッチ的な甘酸っぱい映画だろうと本作を見る前は思っていた。

しかし、本作を見始めて、何か変だなという違和感を直ぐに感じ、映画が進むにつれ、私は、予想だにしなかったその映像の違和感から、変な戸惑いに襲われた。

私はいま、いったい何を見ているのだろう?なんだかよくわかんないぞという感覚が終盤まで続き、そのわからなさと、従来の映画文法を全く無視した新しい感覚の映像に酔い、よくわからないと思いつつも、最後まで一瞬もスクリーンから目が離せなくなっていた。

本作は、冒頭、いきなり、90年代のパナソニックのデジタルビデオカメラのテープ入れて作動する時のカシャカシャ、ウィーンというDVの起動音から始まる。
そして、DVを巻戻しや早送りをする時のモザイク状のノイズ画面が写し出される。

あと数日で31才の誕生日を迎える若いお父さん(お母さんとは何らかの事情により離婚している。)と、父と母の離婚後、エディンバラに母と住んでいる11才の娘が、久々の父娘水入らずで、ひと夏のバカンスを過ごしにトルコの安リゾートホテルに来ている。
そこで、お父さんが、バカンスのために新調したパナソニックのDVカメラで、その時に撮った思い出の映像を、どうやら、現在、あの時のお父さんと同じ年齢の31歳になろうとしている娘が再生して見ようとしているわけだ。

本作はそんな感じで始まる。

しかし、どうやら、よくある父娘のひと夏の良い思い出的な映画ではなさそうだと、見始めて直ぐに感じとれる。どうもトーンが暗いのだ。

そして、このお父さん、何故か腕にはギプスをしているし、いきなり太極拳をやりだすし、ホテルの部屋のベランダの手摺には立つし、洗面所の鏡に唾を吐きかけるし、夜中に海に入っていくし と色々と挙動がおかしい。

その行動に対しての説明描写は一切ない。察するに、どうやら、このお父さんは鬱病で病んでいるらしいことが、何となくわかるのだが。

ある夜、ホテル近くで、自由参加の野外カラオケパーティーが行われており、父娘もそれを見ている中、娘は野外ステージに上がり、父が好きな曲でもあるR.E.M. の『losing my religion』 を歌い出す。父にも一緒に歌おうと、娘はステージから父に手招きするのだが、父の顔の表情が曇りぎみで彼は最後まで歌おうとしない。

この場面で、このバカンスに対する父娘の微妙な温度差がわかる。

娘は、父とのこのバカンスを無邪気に楽しもうとしている(思春期間近の娘は、リゾートに来ていた自分より少し年上の男女とも直ぐに仲良くなり、ちょっと背伸びして、ある夜、プールサイドで男の子とキスをしてみたりもする。)のだが、どうやら父の方は、娘のことを可愛がってはいるのだが、このバカンスを娘のように楽しむことはできない。彼は何かしらの重いものを胸に抱えているのだろう。。。

本作は、20年前の父との記憶を、現在、当時の父と同じ年になり、どうやら、生まれて間もない赤ん坊と、パートナーの女性と暮らしているらしい(映画の中で、それらのことに対しての明らかな説明は一切されない。)娘が、当時、撮ったDVの映像を写しながら、あの時の父は何を思って生きていたのか?そして、現在、あの時の父と同じ年になった娘が、何度もDVを巻き戻ししてあの時の映像を見ることにより、彼女が再構築した記憶の映画ともいえる。

とてもユニークな切り口の映画であり、これまでの映画文法からハミ出さずにはいられない、この若い女性監督(監督は、1987年生まれの現在35才。)の斬新な感覚を見る映画でもある。

本作のラスト近くに、レイヴで踊る父の姿が映し出される。そのレイヴで流れている曲が、クイーンとデヴィッド・ボウイの『アンダープレッシャー』なのだが、その歌詞と、本作で描かれる父娘の心の繋がりが絶妙にリンクしていて、私は一気に気持ちが持っていかれてグッときた。

そして、ラストの空港での父娘の別れのあの演出は映画的ミラクルだ!
娘と別れビデオカメラのスイッチを切り、空港の扉の向こう側へと消え去る父。あの扉の向こう側のレイヴの風景にビックリした。斬新すぎるアイデアに脱帽。

ちなみに、本作のタイトル、アフターサンは日焼け後に肌に塗るクリームのこと。絶妙なタイトルにこれまた脱帽。なんというセンス!凄い!

本作は、シャーロット・ウェルズ監督の実体験を元に脚色したフィクションであるとのこと。

必見!!!
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