Paula

ストールンプリンセス キーウの王女とルスランのPaulaのネタバレレビュー・内容・結末

3.0

このレビューはネタバレを含みます

以前、『白蛇(White snake):縁起 (3D映画)』を製作した中国のアニメーターがこんなことを語っていた。
"Many foreigners were in awe at the
first one about how China can do
such an animated film, I felt really
proud then... etc. (略)"
彼らはその前に十数年の技術的なギャップが日本のアニメやディズニーに対してあると言っていたが... ここ数年で少なくとも3Dアニメに関しては日本をシノイデいるといってもよいかも...ジブリ作品を見る限りは、なんてね?

そんなこんなで...
1966年を振り替えるとアメリカでは不評であった『サンダーバード』という "Supermarionation" と言う人形劇の技術力をさらに高めた"Hypermarionation" と呼ばれたTVシリーズ『キャプテン・スカーレット』を「覚えているかな~ぁ? 覚えていないだろ~なぁ!」(一世を風靡した方へのオマージュです。失礼)
そのハイパーマリオネーションを凌駕するような別次元のCGアクション アドベンチャー・アニメーション『新 キャプテン・スカーレット』が2005年に登場。でも...?
それはピクサーが何故?最初のCGアニメーションを『トイ・ストーリー』という無機質な人形を対象にした因果関係が、この10年後にできた『新 キャプテン・スカーレット』を一見すれば分かるかもしれない。それは被写体の体を動かしたときの顔から服の細部に渡るシワやスカーレットのヘルメット状の髪の毛が示すように髪の美しく流れるようなナビキなんかは現在の技術力をもってしても完璧に映し出せないという方もおられるから。それを最近のジブリ作品について言わせてもらうと商業ベースにのせるのには技術的にはマダマダ稚拙すぎて、その25年以上のハンデを取り戻すのにはかなり無理があり、そのことから大げさに言えば資源の無駄使いともSDGs17の目標の一部違反になってしまう... なんちゃってね?   ジブリファンが多いのでこのへんで止めときます。

映画の原作となったのがオペラでも上演された『ルスランとリュドミラ』というロシアの詩人アレクサンドル・プーシキンが原作の物語詩とされていて、原作を少し読んだけど王女ミラ(原作ではリュドミラ(大公の娘))が魔法使いにさらわれるのは一緒でも後の話は関係がないというか本作とは逆バージョンになっているのでこれ以上は話すことはないかな?

あくまでも仮の話として⁉
この映画のオープニングでシンデレラ城のロゴが出たと仮定すると人は「なるほど、ディズニーの映画なんだ」なんて納得する人がいるとするなら、その方はエセ・ディズニーファンと言ってもよいかもしれない。その程度のCGのクオリティと言うよりもキャラ・デザインの違いが挙げられる。それは特にビランの愛嬌のかけらもない想像力を感じさせないデッサンにあると個人的には思ってしまう。時たま、キモイキャラクターも... しかもロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日とこの映画の製作年を鑑みると映画の古臭いシンプルな内容とは真逆な世の中の歴史的ひねくれ感が半端では無くなってしまう。

"All lovers are blind" ...
The Cat:Anyway, Romeo... You only
     have two days to rescue
     your beloved.
Ruslan:Only two days?
----- (略)
The Cat:You will have to taravel to a
     strange land. Not just some
     strange land, but a very
     magical one.
Ruslan:I would journey to the end of
    the earth for Mila.

本作を製作した "Animagrad Animation Studio" のホームページを拝見するとアニメ制作会社としてウクライナの中でも最大級で場所は首都キーウに位置し2012年に設立されている。そのことからウクライナがロシアの統治から独立し2004年のオレンジ革命後、ウクライナの民主化が進んだことでそれに沿うように映画自体がプロパガンダ映画ばかり製作していた国策だったものが、本作『ストールンプリンセス キーウの王女とルスラン』のようなハリウッド張りの映画が誕生した変遷がある。
それとこの映画の製作した国がロシアとする海外のメディアが多い所以なのかもしれない。付け加えるとたとえ民主化が進んだと言えどもかつては、ズブズブの共産圏だったことより、映画製作にあたっては国からの何らかの補助金が出資されていて、国にとっては塩梅の良い映画作りがされるプロパガンダ・フィルムという負の部分がいまだに影を落としているのかもしれない。

その点別の見方をすれば映画の中のミラは、まるで現代の若い女性のようで活発で元気にあふれ、とても彼女が黒魔術によって捕らえられたとは考えにくく、彼女の大胆さは、チョルノモールの魔法の帽子を盗み、透明なまま自由気ままに行動をし、時には彼を平手打ちするなど、魔法使いの人生そのものを地獄に蹴散らかしているほどルスランの助けは必要がないかも?
ルスランと言えば自分には魔法の力はなく、訓練された戦士でもない弱点を知っていて、大人の男への成長の記録ともとれる彼を探求へと突き動かすものは、ミアを想う心と言える。

色を選択する機能カラーピッカーとしては原色に近い色をチョイスしたせいかヴィヴィット観は半端なものではなく... 色と言えば子供が色彩感覚を身に着けることや物事の理解をする年齢から、いかなる媒体からも子供を守るコモン・センス・メディアによると5才から視聴を推奨していてこの映画のことを端的に
Strong characters, some stereotypes
in fairy tale adventure.   と位置付けている。
日本のように暴力的なシーンを平気で "G" で公開する国ではこの程度の暴力はお子ちゃまの域を超えず、またウクライナでは記録をぶっ立てた映画なので中身は単純でも割とよかった印象しかない。ただ一つ注文をするなら、夏休みに子供向けの映画が集中する中、そんなスケジュールがコミコミでも子供さんが休みのうちに公開してもよかったのではないかと思える。
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