烏丸メヰ

NOCEBO/ノセボの烏丸メヰのレビュー・感想・評価

NOCEBO/ノセボ(2022年製作の映画)
4.8
静かに生活に忍び寄り侵食する病態と、突如現れた救いの可能性、そしてーー

一線で活躍するアパレルデザイナーのクリスティーンは、突如見舞われたある不調をきっかけに記憶障害、脱毛、幻覚等様々な症状に悩まされていた。
発症から8カ月、デザイナーとしての活動を再開しようと意気込むクリスティーンと家族の家に、フィリピン人家政婦ダイアナがやってきた。
依頼の記憶が抜け落ちていたクリスティーンは大慌てでダイアナを迎え入れる。バタバタと始まった家族との生活の中でダイアナはよく働き、故郷の料理や、民間療法を披露していく。


原因不明の体調不良に脅かされる主人公クリスティーンの不安や幻覚症状を“終わりの見えないメインの恐怖”に据えながら、また別の恐ろしさをじわじわと、そしてあざやかに魅せていく展開と、登場人物達の心境変化の描き方が細部まで素晴らしい。

同監督の『ビバリウム』でも見られた、整然とし極度に清潔感のある美しい風景の中で滲むように精神を苛む奇妙で嫌~な描写、客観視の色と没入感を使い分けるカメラワークの面白さも印象的で楽しい。
個人的に、生理的な「嫌悪」ほぼ手前の絶妙な質感を、汚物やグロテスクを安易に使わずにピンポイントで突いてくる不穏や気味の悪さの演出がこの監督は本当に良いと感じるし、かなり好み。
主要人物となる「クリスティーン」と「ダイアナ」、監督が二人のネーミングの由来として考えがあったとしたら、もうそこから良いなと思わざるを得ない。

直接は言及されないが、子供が同級生から嫌われている・軽度であれ汚い言葉NG・ペットの名前がセサミストリート由来など、クリスティーンの潔癖な意識高い子育て(と子供があそこまでのひねくれガキになるまで募らせていた孤独感)を思わせる素材の散りばめ方にも想像力を刺激される。

クリスティーンとダイアナ、二人の生活や回想の風景の差(デザインの整った立派な家と蒸し暑そうなフィリピンの町や自然)も良い。
特定の地域ではとあるものの媒体(ないし形の現し方)が鳥である、というのを存分に活かしたシーンづくりも素敵。

ラストへの持って行き方、見せ方も、社会派なニュアンスを含むホラーとしては分かりやすく、多大に視覚的に楽しめるアート要素を含みながらも作品独りよがりな出し惜しみが無く、考察不要の明白さが好きだった。


タイトルの“ノセボ”は、有名なプラセボ(効果)の逆。
作品内に出てくる、お気に入りの靴による縁起かつぎがクリスティーンにとっての“プラセボ”とも思えるのが何とも対照的で面白い。

治療方法も原因も分からないあらゆる症状が我が身に降りかかったとして、人はその時何を頼り何を信じるだろうか。そして、何かを省みるだろうか。
烏丸メヰ

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