みや

ビバ・マエストロ! 指揮者ドゥダメルの挑戦のみやのレビュー・感想・評価

5.0
指揮者ドゥダメル自身の魅力を余すところなく見せながら、同時にドゥダメル自身が育ち、今も支援し続けているベネズエラの音楽教育システム「エル・システマ」の責任者としての深い葛藤も描き出した秀作ドキュメンタリー。

まず「エル・システマ」の理念にとても感銘を受けた。富裕層も貧困層も関係なく楽器は無償提供。信条の違いを超えて、みんなで一つの音楽をつくりあげる過程を通して子どもたちを社会化し、人としての尊厳を持てるようにしていく。単なる楽器演奏の早期教育ではない「音楽を通した青少年教育」を実現した、ドゥダメルの恩師アントニオ・アブレウ氏の取組がすごい。
作中に「音楽は基本的な人権」という言葉が何度か出てくる。音楽にとどまらず、芸術全般は、人としての尊厳の肯定に深く関わっていると思っているが、これを具体的な現実の仕組みの中で、永続的に実現させていく困難さを考えるとき、この取り組みがほぼ半世紀続き、かつ世界各国に広がりをみせていることは驚くべきことだと思う。
その分、この取組を今中心になって牽引しているドゥダメルは、政情不安定な自国の子どもたちのよりよい環境での成長のために、自身の政治的な発言や行動がストレートにできないジレンマと苦悩がつきまとっていることだろう。
その彼が作中で語った、ベネズエラに残り「エル・システマ」の指導にあたっている友人からの電話のエピソードには泣けた。指導者として報われた瞬間の喜びが手に取るように伝わってきたし、ドゥダメル自身から私たちが感じ取る魅力も、演奏者の傍らにありながら、共に高みを目指す彼の指導者としての立ち位置あってこそと思う。

実際の所、世界では、例えばヘイト的な言動を繰り返すトランプが「言いたくても言えないことを代弁してくれる」と大統領選の支持率を回復しているという報道も流れている。
対立を、対話や音楽を通した調和で乗り越えていくには、まだまだ道は遠いかもしれない。
けれど、この作品を観ながら、その道をあきらめてはいけないという思いを強く持った。
みや

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