穂苅太郎

怪物の穂苅太郎のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
3.9
言わずと知れた監督と脚本家、作風キャラが立ちすぎてしまって、お互いがお互いに気を使ってしまった結果、それぞれ少しづつ損をしているような。
だから観ている側も、それぞれのファンであればあるほど、どこか座り心地が良くない。
しかも、是枝作品と坂元作品を共に強く好むファンは決して少なくない。自分もそうだ。

複数主体視点での群像劇が、絶妙なせりふ回しとともに収束していく坂元作風。例えば「マグノリア」「パルプ・フィクション」なのだけど、言ってみれば“すれ違いコント”のような面白みが今作でもキモなわけだ。
ただ、このストーリー構造をヴィヴィッドに見せること(時系列を分かりやすくするのりしろ、今回は例えばトロンボーンとホルンの響き)は従来の是枝作品は避けてきているのだよな。気恥ずかしくなってしまうのだろう。ここは両者が気を使い合ったポイントの一つでありそうだ。

それでも、事象を多方面から観察し、結論を決して提示せず観客にゆだね、ゆだねられた観客も、結論を出すこと自体に躊躇してしまう構造。
この共通したスタンスでつながっていることはファンである以上よくわかるので、本来混ざっていいのか悪いのかわからないこの二人の、とても絶妙とは言えないマリアージュを、それでも味わうことはできた。
いや、不味くはない。珍味としての味わいとでもいおうか。するめかもしれない。
で、お互いそのことは十分にわかっているうえでの組んだタッグだという信頼感も十分に感じられるのだ。

加えて俳優陣の現在の日本の粋を集めた布陣が圧倒してくる。安藤サクラ田中裕子は言うに及ばず、瑛太がいいなあ。角田もいい。
自分が直前にまとめて観た影響なのか、「ブラッシュアップライフ」との妙な符合も目立った。セリフやキャスティングの色合いに。だから、野呂佳代もすごくよかったのだった。

最終的には偉大なる監督脚本の両者の結構濃いファンとして十分満足してしまったのだよ。この組み合わせ、レギュラーになってはちょっと困るけども。

で、作品の外側でひどい事態があったので、忘れずに記しておきたい。ネタバレ、というかネタバレの上塗りになりかねないのでご注意。ネタバレマークを押すには意図が違うのであえて追記します。

クイア・パルム賞受賞という前情報のために今作は重大な瑕疵を負ってしまっています。この賞自体知らなかったため、やはり調べてしまった結果、ストーリーのいわゆるネタバレが一番悪い形で影響してしまいました。
そもそも“人が人を好きになる、惹かれる”ことの多様性のノーマライズこそがLGBTQの一連の運動の根幹のはずで、この賞の設定自体が非常に差別的であることに怒りすら覚えるのです。
ましてや映画、特に是枝作品でのこの〝人の感情の曖昧さ、脆さの表現”がこの賞を受賞したという事実によってとても矮小化を余儀無くされています。この受賞が無ければ少年二人の感情はもっと広がりと深みと切なさが感じられたはずなのです。自分だけかもしれませんが。
これは脚本賞を辞退してでも是枝、坂元両巨頭には抗って欲しかった。カンヌという“権威”のこれは映画全体に対する、ひいてはLGBTQ運動はじめ人権運動に対する、ある種の暴力であるとすら思ってしまいましたよ。
カンヌクイア・パルム賞に猛然と反対します。
穂苅太郎

穂苅太郎