悠

怪物の悠のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
3.8
桜庭一樹の小説『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を思わせるストーリーの作品。また、同じ時系列の物語を複数人の視点から描写する黒澤明の『羅生門』スタイルの作品でもあります。今となっては特に珍しくはないですが、人間の本質を暴くのにこれ以上ないほど適した手法でバッチリとハマっていましたし、全てを明かさず観客に想像させる余白を与えるのがとても巧く、繰り返し鑑賞したいと思わせる作品でした。
是枝監督と言えば社会派人間ドラマのイメージが強く一見イヤミスを思わせる展開に最初は驚きましたが、全部観終わってやはりこれは深い人間ドラマだったんだと得心がいったと同時に、日頃から自分が対人関係において最も気をつけている事柄がテーマになっていて、改めて身につまされる思いでした。
本作のタイトルである怪物とは即ち、コミュニケーションの齟齬からくる人間のバイアスそのものではないかと思いました。人間は省エネな生き物なため、深く知りもしない、深く知ろうともしないのに他人の印象を断片的な情報だけで決めつけてしまいます。この人がなんで怒っているのか、なんでこんなことをしたのか。その理由を本当の意味で深く考えもせず、相手の話を親身に聞くこともなく、パッと思い浮かんだ推測でいきなり他人を怒ったり貶めたり、的外れな事を言ってしまいます。推測、偏見、決めつけの入り混じった断片的な情報だけで怪物(悪者)探しをすると、自分が怪物そのものになってしまう。そういう皮肉な危うさと同時に、人と深く対話することの大切さを改めて教えてくれる素晴らしい作品でした。
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