京都アニメーション出身の山田尚子監督によるオリジナル劇場アニメーション作品。アニメーション制作はサイエンスSARU。
人のありようを色でとらえることができるトツ子、抱えた秘密を祖母に言い出せないきみ、音楽への情熱を秘めつつ受験勉強に勤しむルイの3人が出会ってバンドを結成し、それぞれの胸の内を歌に託して解放するというストーリー。
本作はいわゆる「いい子」たちの物語で、社会規範からの逸脱といった大きな事件はなく、感情的なカタルシスも控えめ。アニメとしての作りも、ダイナミックなアクションではなく緻密で丁寧な日常の描写に重きが置かれます。
トツ子・きみ・ルイの3人は、物語のラストで大きく生き方や考え方を変えるわけではありません。ただそれぞれの胸の内を言葉や音楽や踊りにして表現し、家族や周囲の人々にそれを共有し、納得や自己発見、自己肯定を得る。それだけといえばそれだけの話です。
そこに物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、個人的にはその控えめで優しい雰囲気がとても心地よく幸せで、この3人の物語がささやかでもとても大切なものを描いていると感じられて、いつまでも観ていたいと思える素敵な作品でした。
『平家物語』以降、山田尚子監督がアニメ制作を共にしているサイエンスSARUの仕事は、人間の日常の動作や風景・動植物の繊細かつ柔らかな表現が光ります。
監督の古巣である京都アニメーションもそういった表現を得意としていますがもう少し写実よりで、本作におけるよりデフォルメの効いたアニメーション表現の方が個人的には好みです。
牛尾憲輔の手がける劇伴音楽や、3人のバンド「しろねこ堂」の劇中曲も素晴らしく、クライマックスのライブシーンはまさしく本作の白眉。
ついつい口ずさんでしまう『水金地火木土天アーメン』が特にお気に入りです。
アニメ映画当たり年の2024年に更なる良作がまた一本加わりました。
この幸福で心地よい雰囲気に満ちた作品を、ぜひ劇場でご堪能ください。