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君たちはどう生きるかのhiepyonのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.0
もの凄くひさしぶりに、あの美しいジブリ映画の背景美術を大きなスクリーンで画面いっぱいに観られたのがすごく嬉しかった。それだけでいい気もしたが、やはり考えたくなる映画だった。もうエンタメに全振りはできないんだな、という危機感さえ感じた。

私も大きな魚は捌けないし、水も自分で汲めないし、刃物を自分で研いで動物を殺して食べることもできない。子どもを産んで育てたこともない。与えられるものをただ享受しているだけだ。

田舎に移り住んで作物を自分で育てたり、屠殺したあとの動物の皮を使って生活用品にしたり、そういう暮らしを選ぶ知り合いが周りに少しずつ増えている。というか、自分の視野の中にそういう生活が入るようになってきている。彼らは本当は下の世界からやってきて、何かを伝えたいんじゃないか?とこの映画を観て思ったりする。

眞人が下の世界にやってきたとき、雲の切れ間から神の暗喩、美しい光芒が海に向かって降り注いでいた。世界の創造主である大叔父の後継者になり得る眞人は、この世界でなら醜い人間であることをやめられるのだろう。

それでも眞人は「自分をこんな状況にさせた周りの人間を傷つけたい」というたしかな悪意から自傷行為をし、その痛みでもって生を実感した己を戒めつつ受け容れている。都会育ちのお坊ちゃんでありながら、生きぬくために自分で考え、ものを生み出し、血を流しながら生きて人間であろうとしている。人工的に生成された母の遺体に涙こそ流せど、いつまでも縋ることはない。

きっともうすぐ、この日本にも静かな戦争がくる。もうはじまっているかもしれない。世界の崩壊に備えなければ、自分自身やまわりの大切な人たちを守れない。私たちは下の世界には行けないから、悪意あふれる世界の中でも生きぬく術を身につけなければならない。

この映画は最後の警告で、救いであるような気がする。人間にならなければ。生きなければ。そう思った。
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