光と影のコントラストや、登場人物を映し出すその構図の素晴らしさを楽しみながら、不条理な舞台設定の中で、演じる事、「演劇」という物を哲学のように問いながら虚構と現実の狭間で描いて行く物語がとても面白かった。
光と影のコントラスト、その構図はエドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」と同じ位素晴らしくて、夢なのか現実なのかよく分からない不思議な世界観が展開されて行く中で、演劇のように繰り広げられて行く物語にどんどん引き込まれて行った。
よく分からない不思議な感じがする中でじっくりと観て行くと、演劇を通して、演じる事を通しての生や躍動という物を深く感じる事が出来たし、ピアノを弾きながら演じて行く男女2人の心躍らずにはいられないその掛け合いと共鳴ぶりがあまりにも最高過ぎた。
コロナ禍を通過して行く中での自問自答、演じる事、演劇に対する問いと言うのは、ある種現在を生きて行く事の問いと言う感じがして。
そこで描かれて行く人間模様には釘付けにならずにはいられなかったし、そこには切実な感情が溢れていたように感じた。
所々で心に留めておきたくなる台詞がとても良かったし、"不在"を巡る問いは相手があるからこその様々な意味での「生」を考えずにはいられなかったし、ある種骨になっても心に残る物の事を想わずにはいられなかった。
不条理なこの空間の外に出た時、改めてこの台詞が語られたらどうなるんだろう?と感じた所で終わりが来て、物語を観終えた深い余韻を強く残してくれて。
あの空間から外に一歩出たその先で描かれて行く物語を観たいなと思った。
空間芸術としての映画の面白さと、演劇的な面白さが重なり合いながら、時に哲学を問いながら登場人物達の姿や感情や鼓動をしっかりと捉えて描いている素晴らしい作品でした。
作家性と芸術性が溢れゆく中で、俳優陣の演技と存在感をたっぷりと楽しめたのも良かったです。