くりふ

パスト ライブス/再会のくりふのレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
4.0
【恋は遠い日の花火、としておこう】

迷ったが、劇場に行って正解だった。素晴らしさが淡々と積み上がってゆく映画だった。

おもしろいアジア系女性監督がまた登場したな、と嬉しくなった。

自伝を元に、出来事をロマンスに絞ったラブストーリーだが、恋心に溺れず分析しようとする素振りが、人間を分析しようとする豊かさに通じている。恋愛感情はいい加減なものだということを、登場人物が皆、無意識にでもわかっていることが、本作の矜持だ。

はじめは、じれったいなあと思った。しかし一見、素っ気ないものの、監督が登場人物と“サイコロジカル・ディスタンス”を取っているとわかってくる。これが、観客の想像力に働きかけているんだよね。

やがて奇妙な三角関係に至る、中心の三人がすべて、おもしろい。主役や脇役という差を感じない。

グレタ・リー演じるナヨンは、恋愛至上主義に陥っていない。移民というハードルを超え、新天地では恋より、やりたいことがある。揺らいでも結局はブレない。肩肘張らない。合理的。そして、肝心な所で言うこと聞かぬような見栄えが効いている。キャスティングが巧いと思った。

彼女が身勝手という意見を読んだが、全くそうは思わない。12歳で別れたヘソンに惹かれはしても、それを恋まで育てる前に、夫と出会っている。彼女の性格からすれば、本気だったら自分から男にアタックしたことでしょう。恋への対処は真っ当だと思う。

夫にヘソンを紹介するのも、夫への愛情と信頼にブレがなかったから。それに、ヤバい“病状”なら早めに対処すべしとの合理的判断もあったかと。夫の本音とはズレ、あったでしょうが、概ねは同意したから受け入れたものかと。とても現代的な男と女で、夫婦だと思う。すこし新鮮でした。

一昔前だったらナヨンの行動は、男女を逆転させたら、“男らしい”で済んじゃう話だよね。

ヘソンくんはナヨンに囚われてしまったらしいが、自分でもその理由はわからなかったのでは?刷り込みが12歳だしね…。他の女とも恋、できちゃうし。彼は、その揺らぎを前世からの縁、と動機づけようとしていて、その心理が面白かった。

別にイタイ男でもなんでもない。彼への“korean's korean”という評価が興味深いが、家父長制の影響いまだ強かろう韓国で、その王道から外れたいが、抜けられもしないように見える。過去を捨てられぬ男。

ナヨンの夫アーサーを、優男にしたのも巧いキャスティングだ。妻を信じているが、彼女が、言葉の通じぬ異界に連れて行かれる不安が段々、浮き彫りになってゆく。“韓国語で見る夢”のエピソードも実話だろうか?これ、物語への効き方がスゴイと思った。

…これら三人に、勝敗などつけぬ自然さがいいんだよね。強いていえば、女はやっぱり恋愛強者だとは思うけれど。

ホント、三人の会話シーンは、見事だった!夫が焦るのも当然だが、彼と違って観客は、下世話な裏切りが入る余地ないと、既に教えられている。

…等々、とはいってみてもやっぱり人間、揺らぐよね…という、クライマックスのこわさ!巧妙に用意される心理的綻び。ここに至ると、一瞬なら溺れていいかも!…と、こちらまでもが震えてしまうのでした。

35mmフィルムで撮られた映像も独特でした。他の映画ではあまり見ない、ソウルやニューヨークが顕れる。恋バナに絞った物語が豊かなのは、雑音を巧く取り込み、背景を厚くしていることも大きいと思う。

その他、様々な感想湧いたものの取り急ぎ、アメリカ映画でまた一本、アジア系の豊かさが増したことを素直に、喜びたいと思います。

<2024.4.11記>
くりふ

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